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マクロス FRONTIER #17「グッバイ・シスター」

2008.08.09 Saturday 17:41
 パイン・サラダならぬパイン・ケーキ・フラグですか。
 それはともかく、今回のサブタイは看板に偽りありなんじゃないか? まあ、前に「バイバイ・シェリル」ってのがあったのに、結局バイバイしてないから、あんま細かいこと突っ込むのもアレですけど…。

 以前にもいったことですが、この「マクロスF」で死亡フラグがいくら立とうが、すでに管理人は真に受けない視聴態度となっております。
 上記パイン・ケーキに関しても、「マクロス」の伝統的にあまりにこれ見よがしな死亡フラグであったせいで、逆に、ああこりゃ死なねーな、という気持ちで警戒しながら見てたんですが…途中からここまで露骨だと河森監督はむしろ裏の裏を突いてくるんじゃないか、つまり今回は本当にオズマ兄貴あぼーん回か? と危惧するに至りました。ただし、ランカのコンサート場面までですけど。
 あの場面で兄貴が妙にけだるげな表情してることから、狙いがわかりやすすぎるため、反対に、ああやっぱ死なねーんだなと。ここまでやられると、視聴者の鼻面引きずり回すのも大概にしろという気分になります。この作品のこういうあざとすぎるところは、ぶっちゃけ苦手かなあ。
 …と、そういう不満も一方ではあるんですが、前々回の感想でいってた、主人公陣の日常ドラマのみで回ってる食い足りない感は、1クール過ぎてとうとうパブリックなそれとリンクするようになり、やっと自分の見たいものが見られるようになった、という安心感に変わりつつあります。
 前回ランカが、スターという名の殺戮兵器に祭り上げられたのを契機に、政府筋の暗躍にこれまでそれとなく探りを入れてたオズマが本格的に動き出し、シェリルの体調不良に疑念を抱くミシェルはクランのつてで調査を開始、そしてLAI御曹子のルカもなんやら三島にとり込まれそうな感じで、さらにはシェリルもとうとうグレイスと対決の構えとなって…と、今のところ肝心のアルト以外はこの戦争とそれを推し進める政府の裏の顔に察しつつあります。や、アルトにしてもなにかすっきりしないものを嗅ぎとってはいるんですけど、彼はビルラーの言葉が頭にこびりついてるのか、現状この戦争にはっきりとしたクエスチョンを提示できないみたいで。その足枷となっているのが、彼の抱く“夢”だというのがね。
 途中でランカの部屋に間男よろしく忍び込むシーンがありますけど、あの場面でランカと会話しながら久々に彼は紙飛行機を折ってました。どうやら、夢に心が向かっているとき、それを意識しているときの、これは癖みたいですが、どういう意図があってか、彼をとり込もうとしてたビルラーが語っていたのも、フォールド断層の障害をとり払い、宇宙を自在に航行するという“夢”でした。これはアルトの持つ本物の空をどこまでも遠くへ飛びたいという夢と、重なるものでしょう。両者は立場は違えど同じ夢を抱いているわけで、一方はそれの実現のために、積極的にこの戦争とバジュラという異種生命体との接触を利用しようとしている、と。
 移民船団であるマクロス・フロンティアの本来の目的は、いってみれば生存圏の拡大であり、ビルラーが語りアルトがランカに伝えたように、それは種の保存と利益の最大化を志向する、生物の基本的欲求でもあります。
 んで、そうである以上、他の種族との利害対立が生じたときには、殺し殺される文字通りの弱肉強食が起こるわけで。それは自然の摂理であり、ヒューマニズムやら善悪的倫理観が入り込む余地はありません。生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの瀬戸際で平和や愛や正義といった“人間的な”倫理を訴えるくらい、空疎で徒労に満ちた行為はないといっていいでしょう。
 ただまあ、いわゆるところの群選択説(生物の個体の行動は種や群れ、社会といった集団の利益を最大化する目的で行われるとする説)を採るならそういう話になるけれど、案外と自然や生物界ってのは多様な顔を持ってて、必ずしも個体が、種や社会のような集団を優先視するわけでもなかったりするんですけど。
 前回感想でランカ・アタックを“子殺し”といいましたが、種の保存、集団の利益の最大化ということが生物の目的であり本能であるなら、子供を殺すというのは真っ向群選択説に逆らうものです。が、実は生物界では子殺しって、ものすごく珍しい現象なわけでもないんですよね。
 一番有名なのはインドのハヌマン・ラングールというお猿の例でしょうか。インド神話の猿神ハヌマーンの名を持つこの猿は、群れを形成し、その中でもずば抜けたオスの個体は複数のメスを所有し…ようするにハーレムをつくるんですが、その他のオスはそのハーレム主のボス猿の周辺で、自らボスになる機会を虎視眈々と窺っています。
 そのうち力のある若いオスがボス猿に戦いを挑み、これに勝利すると、当然ながら群れとハーレムのボスの交代が起こり、そして、新ボス就任後最初になにが行われるかったら…旧ボスとメスたちとの間にできた、乳児の皆殺しなんですな。
 なんでこんなことが起こるかといえば、子供のいるメスは発情することがないので、新ボスはメスが子供を抱えている限りは交尾ができないからで。そのメスに自分の種を植えつけるには子供が邪魔になるってんで、徹底的に容赦なく、先代ボスの子は殺されます。んで、2、3日もすればメスは発情して、新ボスの子供を宿すことになる、と。
 別にお猿みたいなケダモノに限った話じゃなく、人間にだって子殺しの現象は歴史的に頻繁に起こってました。間引きや口減らしといったことが一昔前まで行われていたことは、多くの人がご存知でしょう。これ、生活に困窮した家庭で食っていくためにやむなく、泣く泣く行われたとかって思われがちですけど、意外とそういうもんでもなく、子供ひとりよけいに食わせるのに困らない家庭でも、それまでの生活水準を落とさないためという理由で、子供が犠牲にされることがあったそうで。刑法上も、昔は子が親を殺すのには尊属殺人罪が適用されたのに、親が子を殺したケースはほとんど傷害致死罪で、殺人罪が適用されることはなかったという。
 まあだから、昔は子供の人権が低かったということと、歴史や自然界を広く見渡したとき、種の保存は生物の本能であるというのは絶対の真理でもない、って話ですな。

 話がかなり脇にいってるんですが、集団の利益より個の利益を優先するってのも自然の一側面として厳然と存在する以上、子殺しを容認するのでないのは当たり前にしても、作中でビルラーがいってたらしき、拡大や上昇志向、それに伴う競争や争いも、生物の基本的欲求の所産とは断言できないということです。実際、上記のような群選択説は “ナイーブな群選択説”と呼ばれて、現在では進化生物学の分野でははっきり下流となってますし、今西錦司氏の唱える“棲み分け理論”のように、淘汰どころか、生物は可能な限り争いを避けながら進化する、という説もありますし。
 ランカの部屋のシーンで、アイくんが、アルトの飛ばした紙飛行機を食ってるカットが入りますけど、これも宇宙へ進出し、その生存圏を広げようとしている人類と、それを阻む異種族という構図の象徴だわなあ。見た目の可愛さに騙されると痛い目にあうぞ、ランカ。
 一方じゃバジュラ・マザーの彼女と人類であるアルトとが、同じ部屋でお茶飲んでる平和な風景は、このふたつの種族にも和解と共存の可能性が皆無ではないことを指し示すものでしょう。少なくとも、個体レベルにおいては。
 以前の感想での文句を繰り返し引き合いに出しますが、アルトたち未成年たちの“日常半径50メートル”なプライベート・ドラマばっかり前半部では描かれ、大人たちのパブリックなドラマがどうにもおざなりにされてる感が強かったのは、今思えば相当に意図的なものだったのかなあ、とも感じられます。
 つまり、若者たち=個的な視点、大人たち=集団的な視点、という切り分けで物語が進行し、それらは主題とリンクするものであったのではないかと。若者たちが、アルトはアルトであり、ランカはランカでしかないというような、個を個としてのみ捉える若者ゆえの限定された視点(そのために彼らのサイドのドラマも、狭い日常の範囲に限定される)と、そのミクロな視点から描かれるドラマを視聴者に提供するのに対し、現状悪役として描写されるレオンやグレイスといった大人たちは、アルト=人類、ランカ=異種生命体といった、そして、それらふたつの種族の衝突と対立、種間競争においてどちらが勝者となるのか? とかいった、集団的パブリックなマクロ視点からのドラマを提供する役割を果たしているといった具合に。いってみれば若者のミクロ視点から描かれる狭いドラマは、後半展開であらわにされる大人たちのマクロなドラマの、隠れ箕として機能していたようにも思えます。
 そのマクロな陰謀や戦争によって、ミクロな個の領域が侵される状況が描かれると同時に、ある状況も、一方向の視点からだけでは本質が見えないということも示されてるんでしょう。すなわち、主人公側であるアルトたちの視点が果たして“正義”なのか? 彼らを利用し、容赦なくその日常(=ミクロな生存圏)を侵そうとする、パブリックな大人たちという“異生物”は果たして“悪”なのか? というような。
 こういう複層的な構造を読み誤ったって意味で、いろいろとあざとかったり気に食わなかったりする部分もあるにせよ、僕はこの「マクロスF」への敗北を素直に認めます。やっぱりこれ、相当に悪意に満ちたお話ですよ。
 それと、人類(マイクローン)であるアルトと巨人族ゼントラーディのビルラーとが、先に述べた“夢”というつながりにおいて、相似的な関係性を持つキャラクターだってのも示唆的ですな。身体的なサイズや社会的ポジショニング面からいっても、ビルラーは大アルトであり、アルトは小ビルラーであるというふうに見なすのも、不可能じゃないでしょう。
 ってことは、当然ながら共通の夢を持つビルラーという自己のマクロな分身に、やがてアルトは反発し彼を否定していく、という展開が期待できそうに思えますし、それは己の夢の否定という葛藤を伴うことになるんでしょう。さらにはその夢のために背を向けた、父親や家といったものと真に向き合わなければならない決断を、アルトに迫るものでもあるでしょう。
 おお、なんかここにきてあれこれ散らばっていた物語の断片が、おぼろげながら結実していってる感があるぞ。もちろん上記のことは憶測でしかないんで、ここであんまし断言めいたことをいうのは危険ですが、ようやっとこの作品の輪郭がつかめた気がして、管理人はほっとしています。

 いやー、先がものすげー楽しみになってきた。気づくと今回の主役であるオズマ兄貴のことを、なんにも触れてない記事になってますけど、あからさまな死亡フラグの数々をかいくぐり生き残ったってだけで、彼はじゅうぶん報われてると思うんで放置でいいや。
 それよりもシェリルの体調が気になるんですけど、予告がえらく不吉な…いや、もう死亡フラグは信じないぞっ。





↑…と思ったところで主要キャラにあぼーんされたら、マジで頭かきむしりそうな管理人にどうぞ拍手でも。





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