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二十面相の娘 第13話「白き炎」

2008.08.06 Wednesday 17:31
 前回の更新からやたら間が空いております。どうもすみません。
 夏バテの上に、愛機のPC“青の6号(自作機6台目にして、起動中はケース前面についた青色LEDが点灯するのでそう命名)”が突如ぶっ壊れ、おかげで仕事もプライベートもにっちもさっちもいかない状態でした。正直、つい昨日辺りまではアニメ見るどころじゃないってのが実情だったわけで。
 暇を見つけて溜まってるビデオを見ても、この暑さのせいでか文章が思い浮かばないという、トホホな有様です。ありていにいったらスランプですな。
 読者の皆様方には、管理人はもうマイペースでやっていきますんで、おおらかな目で見てあげてくださいとお願いするしかないっす…。

 遅れすぎの更新の上、放送が一週空いたということで、前回どういう話だったか自分の記事を読み返すまで思い出せませんでした。自分で書いといてこんなこというのもなんですが、記事だけ読んでるとこの「二十面相の娘」って、どんな変態ポルノだって話ですな。
 実際、冒頭で白髪鬼に首を絞められるチコの表情は、それが窒息による昏睡のためなのか、それとも快楽に呑まれ恍惚に溺れていきかけてるからなのか、見てるこっちを一瞬判断不能に落としかねないほどのやばさです…普通の視聴者はそんな邪な見方しないって?
 白髪さんの正体は、二十面相への愛がきわまったあまりに肉体と精神を自ら畸形化した、今どきの言葉でいうところのヤンデレっちゅーやつでしたな。どうでもいいことですが、この“ヤンデレ”って簡略な言葉で属性がくくられちまうことに、ツンデレその他の属性名称同様、なんだかなあ感を若干覚えてしまうのは僕だけでしょうか? いやまあ、名は体を表すと同時に、つけられた名札に身体が縛られちまう、ってのはなんにだっていえることですけど、“愛が深すぎておかしくなっちゃった”なんて業の深さを、カタカナ四文字で表すなよな、という気もしなくはないというか。
 もともと白髪さんって、色気づくまでは口紅もつけなかったような、たぶん若き日の二十面相に出会うまではあんまり男に縁がなかったような、地味で内気で生真面目な理系女性だったんでしょう。研究員時代の彼女を見てると、その特殊な体質のせいもあって、いくらか人間関係で不器用そうな印象も受けますけど、一方、彼女をたらし込んだ二十面相も、どっこいどっこいかそれ以上には、ねじくれた複雑さと不器用な性を備えた男なのではないかなと。
 過去エピソードでの白髪(前)おねーさんへの彼の態度や口説き文句には、研究目的で近づいてるだけだろ的下心を感じなくもないんですが、だとしても女を利用するのに冷酷に徹しきれない気配も、後の行動からは窺えるようで。
 彼女が狂ったのは彼が冷たかったからだ、と受けとる視聴者も多いかもしれませんが、僕の見方はむしろ逆です。愛情の一欠片もなく徹底して功利目的で女を利用する男には、案外と女は傷つけられないか、傷ついてもその痛手は人を狂わすほど深いものではないようにも思えるので。終わった関係を、もともと愛なんかなかったからだ、と思えるならまだ未練を断ちやすいし、諦念が心の回復を促してもくれるでしょう。
 それよりも、すでに終わった関係を、でも確かに彼はわたしを愛していたはずだ、と思えることのほうが、女にとっては延々と終わりなくつづく苦痛を与えるものじゃないかという気がします。その捨てきれない執着は、あるいは本気で狂気へ駆り立てる病理となるのかもしれません。絶望よりも希望が、一時の残酷さよりも後に長々と尾を引く慈愛のほうが、はるかに劇薬だって場合も、往々にしてあるものなんですよね。
 二十面相の優しさが上辺だけのものだったら、白髪鬼は…そしてチコも、まだ救われるんじゃないかと。“女性に優しくする”ということの効能を知っていて、それを道具と割り切って使えるならまだいいとして、たぶん二十面相はそれができないくらいには、複雑であり、人らしい弱点を持った男なんでしょう。だからこそよけいにひどい男だといえるし、彼の優しさは罪深いともいえるんですが。
 しかもそうした己の罪深さを自覚しないではすまないがゆえに、結局自分のせいで狂った女の前に、彼女が望んだ通りに姿を現すという…悪党としてレディ・キラーとして、もうちょい酷薄にならないとこれから先も女関係で苦労したり、誰かを不幸にしたりしかねないよ、と、おじさんにはいってやりたくなります。
 つってもおじさん、無駄にカリスマ性はあるからなあ…。仲間を捨てたってことでボスを恨んでいたケンでさえ、今回比較的あっさりとボスに協力する態度に軟化しちまってましたし。ま、チコを助けるという共通の目的があったからなんですけど。
 本人は閉鎖的な、他人に心を開ききるってことがどうしてもできない人間なのに、他人からはやたら好意を寄せられるという、先天的な“人たらし”も確かにいるもんです。そういう人間は、他者と関わることが本来不得手なのに、他者からは追いかけられまくり囲まれまくりなため、ある種のねじれた人嫌いの感情を内心に形成させたりもして。
 考えたらおじさんって白髪さんから逃げ、盗賊団の仲間たちから逃げ、チコから逃げ(冷酷に徹しきれないから結局一時戻ってきますが)、ついでに警察からも逃げ、というふうに、彼なりの目的や計画うんぬん以前に自分を慕ってくれる者たちへの、なんかしら屈折した愛憎ゆえに、彼らに背を向け、ひとりになりたがってるようにも見えなくありませんな。
 傑出した才能やカリスマの持ち主が得てしてそうであるように、二十面相も、かなりな程度には自己中心的な人物なんでしょう。心底信じ従うのは、ただ自分のみであって、その信念…というか“性(さが)”のためになら、恋人だろうが仲間だろうが背を向けられる、というくらいに。
 ただし、自己中心的(エゴセントリック)ではあっても利己的(エゴイスティック)ではないのは、それがあくまで性…つまり、“そうせざるを得ない”という内なる衝動や命令に突き動かされてのことであり、己を利するための打算的行動ではないと思えるからでしょうか。少なくとも僕にはそう思えるんですが、彼は彼で自分の抱える性に無自覚ではなく、そのせいで他人が傷つくことにも無関心ではいられない、というのがいろいろと厄介そうです。
 どうして仲間を捨てたんだ、とケンに問い詰められたとき、二十面相が涙を流し頭を垂れながらもっともらしいいいわけを切々と訴え許しを請う、というような態度をとらなかったのは、そうした態度は彼からすれば本音からほど遠く、ぶっちゃけ偽善以外の何物でもないし、同情を買うために偽善を弄するのは、“仲間”に対する誠実さではないと考える人間だからかも。
 自分の自己中心性を、生まれついてのどうしようもない性として悟っている者の、そうした“誠実”の表し方もあるってことですね。

 とりあえず、ふたたび二十面相が現れたのはチコがピンチだったからなんですが、明智辺りを使って陰から事態をコントロールしたり、せっかく身を隠してるんだから、ずっと変装しっぱなしで他人になりすましつつ白髪鬼に対処したりってのも、やろうと思えばできただろうに、それらをせずに素顔の本人が出てきたってところで、かつての恋人に対する彼なりの誠実なり思うところなりが、窺えるかなあという気はするかなあ。
 つか、僕には二十面相は白髪鬼に刺されるために出てきたとしか思えません。そういや傷を受けた箇所にロケットパンチ受けたり、心臓に近いところを銃で撃たれたりと、ひさびさ登場なのにかなり満身創痍なおじさんですけど、あの高さから落ちてもやっぱり死なないんだろうなあ…。





↑ま、でも本当に優しい男なら、女を騙すときには完全に騙しきるもんでしょうが…その意味でも複雑なおじさんだよなあ、とか思う管理人によろしければ拍手でも。





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