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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・10 〜ステレオフォニックス〜

2008.02.11 Monday 16:35
 …ええ、ライヴにはいけませんでしたよ。
 入院後のゴタゴタで、それどころじゃなかったんです。そりゃ、ステフォニの来日公演は2005年以来三年ぶりだってことで、僕もチケット入手して、その日がくるのを心待ちにしてましたよ。でも、現実はひたすら僕に対して厳しかったようです。せめて彼らについての記事でも書かないことにはやりきれません。
 ってことで、ひさびさの音楽語りは、日本では知名度今ひとつ、でも結成十年で、いまや英国を代表するメジャー・バンドとなった、ステレオフォニックスについてです。

 ↑で結成十年っていいましたけど、正確にはちと違うようです。ステレオフォニックスのバンド名でデビュー・アルバム「ワード・ゲッツ・アラウンド」をリリースしたのが1997年、それ以前にはTragic Love Company名義で五年間ほど活動してたそうな。つか、ウェールズの幼馴染み三人、ケリー・ジョーンズ(Vo&G)、リチャード・ジョーンズ(B)、スチュアート・ケーブル(Dr)がバンドを結成したのは、81年にまでさかのぼるとのこと…って、その頃彼ら十歳くらいじゃねーか?
 ま、それはいいとして、彼らが本格的にUK音楽シーンに登場してから今日までに、ほぼ二年に一枚のペースで律儀にアルバムを発表しつづけ、しかも発表した五枚のうち、実に四枚がチャート一位にランクインしてるという事実には、まったく驚かされます。“メジャー”って言葉は、彼らにこそふさわしいでしょう。
 実際ケリーって人は、
「デビューして六ヶ月で消えてしまうようなインディー・バンドには興味ない」
 なんて発言をする辺り、非常にメジャー意識の強い人なんですけど、これは彼が影響を受けたアーティストが、ボブ・ディラン、ニール・ヤング、エアロスミスと、アメリカ人ばかり(ニール・ヤングは正確にはカナダ人ですが)という点にも関係してくることなのかもしれません。
 ステレオフォニックスを聴いた人が、なにはともあれ最初にもっとも強く印象づけられるのは、ケリーのあの、ハスキーで泥臭いヴォーカルじゃないかと思うんですが、おかげでオアシスを彷彿とさせたりもするでしょう。事実、デビュー当時には90年代後半に山ほどいた、オアシス・フォロワーのひとつと見なされたこともありました。
 そういやノエル・ギャラガーも、
「売れたい!」
 というメジャー意識の強烈な人だったんだよな。彼は弟のリアムともども、その奇行やら問題発言やらも含めて、見事に彼の願望たる“ロックンロール・スター”に成りおおせたわけですけど、彼らが登場した時期って、ニューウェーヴ以降、音楽的には今いちぱっとせず、ぱっとしないあまりに“ブリット・ポップ”というムーヴメントになり切らない謳い文句に煽られ、芽が出るかどうかわからんバンドが、雨後の竹の子のごとく現れては忘れられるという、まさに上記ケリーのいう、“デビューして六ヶ月で消えてしまうようなインディー・バンド”群雄割拠の時代状況だったんですよね。
 そんな中、
「俺らは簡単には消えねえ! 絶対にビッグになってやる!」
 とばかりに鼻息荒く、圧倒的な存在感を見せつけたオアシスは、やはり衝撃的でした。そして、その後につづくステレオフォニックスともども彼らに共通してたのは、
「僕らは商業的な成功になんて興味ないのさ」
 的なスタンスを拒絶してた、ってことでしょうか。
 なんつーかそういう、一部インディー・バンドにありがちな、よくいえば純粋に芸術志向、悪くいえば内向きで軟弱な姿勢を排し、かといってコマーシャリズムに全面的に迎合するでもなく、“商業音楽としてのロック”を引き受けつつも、自分たちの音楽をやることも両立させてやろうという、実にタフな意識を掲げてた辺り、真のメジャー志向が見てとれます。しかも、それを実現させる確かな実力も備えてましたし。
 あ、しかしギャラガー兄弟みたいに、暴言等々のスキャンダラスな話題の提供なしに、真っ向音楽だけでメジャーに成り上がったステフォニは、その点では、オアシスより一枚上手だったといえるか?
 彼らの音楽を僕的に形容するなら、
「スーパー・スタンダード」
 ってところっすかね。パンクだサイケだのの変化球じゃなく、直球ど真ん中。スリーピース・バンドとしてのシンプルな骨太さが、奇をてらう式のごまかしを一切排除して、ダイレクトに“ロックンロール”の熱気、パワー、叙情性を伝えてくれます。
 特にファースト・アルバムや、多くの人が名盤に挙げる二枚目、「パフォーマンス・アンド・カクテルズ」なんかは、ほんとの本当にストレートで、あんまりストレートだから、かえって僕なんかは、楽曲的な幅を広げた三枚目以降のほうが好みだったり…。
 といっても、個人的なベストは、ドラムのスチュアートが脱退して、新たにハヴィエ・ウェイレルが加入した、「ランゲージ、セックス、ヴァイオレンス、アザー?」ですが。この辺りになると、円熟味に加えて初期の頃のような勢いもとり戻し、なんというか、このバンドの完成形に達したな、って印象があります。

 ステレオフォニックスを見てると、真のメジャーとはどういうことか、というのを、あらためて考えさせられるんですが、よくいわれることに、
「売れることは難しくない。売れつづけるのが難しい」
 ってのがあります。
 確かにタイアップかなんかで、ぽっと出のバンドやアーティストが一時的に有名になって、そのときだけ爆発的にCDが売れる、なんてのは、日本でもよくあることですが、たいていの場合そういうのは、一、二年も経つと話題にのぼらなくなるわけで。それをメジャーとは呼べないでしょう。単にコマーシャルってだけの話であって。
 実力の裏づけの怪しいままに、業界屋の仕掛けたブームや流行に乗っかったヒットを飛ばし、それが収まったら後は泣かず飛ばず、というようなインスタント・ヒット・メーカーが、ここ最近の日本のコンテンツ産業を見てると、目立つような気がします。
 てか、ずいぶん昔から日本は、たとえば青色LEDの発明者の中村修二氏を、みすみす海外に渡らせてしまう辺り、本物の才能を長期的なビジネスに活かすことに関して、実に下手糞な国なんだよな。その一方で、真のメジャーがいないから、美容師だ弁護士だ主婦だをカリスマ呼ばわりして無理やり持ち上げるという、なんともお寒い状況があるわけで。
 消費サイクルのますますの加速化が進む中、そうであるからこそ、あっというまに耐用消費期限切れを起こしてしまう、貧弱なコンテンツを数ヶ月刻みで提供されるより、十年、二十年と楽しめる“本物”を待望したいという、僕みたいな消費者は結構多いんじゃないでしょうか? そろそろ業界とか、プロデューサーとか、企業とかは、インスタントなヒットを飛ばすことに専心するより、コンスタントな利益を見込める真のメジャーを育成することに、関心を寄せてもいい頃ではないか、とか思ったりもします。
 もっとも、本物の才能が金を稼げるメジャーとして台頭するには、やっぱそれを受け入れる土壌がないと駄目だ、ってのはあるんですが。
 十年あまりもの間、押しも押されぬメジャー・バンドとして、本国で人気を保ちつづけるステレオフォニックスが、なぜか日本じゃ今いち知られてないって辺りで、なんだかなあ、という気持ちになったりもして…。ま、今回の来日で火がついてくれると嬉しいんですけどね。
 …にしても、やっぱライヴいきたかったよなあ。





↑なぜか知らんがケリーを見ると石原良純を思い出してしまう管理人に、よろしければ拍手でも。





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