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レ・ミゼラブル 少女コゼット 第52話「銀の燭台」

2007.12.31 Monday 16:57
 最終話です。

 一年間の長きに渡って追いかけてきたシリーズだってことで、この、「レ・ミゼラブル 少女コゼット」のラストでは、さぞかし自分でも長々と感想を書くことになるんだろうな、と思ってたんですが、意外や今、なんにも言葉が出てきません。いいたいことはいい尽くした気もするし、これ以上なんかいっても蛇足でしかない気もするし。
 ということでこれで…ってのもさすがにアレなんで、頭に浮かぶまま徒然に書き綴っていくことにします。

 まずは監督の桜井弘明氏、脚本の金春智子氏以下、スタッフの皆様方に敬意と感謝を。
 10年ぶりに復活の名作劇場の、その復活第1作ということで、やはり相応のプレッシャーはあったでしょうが、そして、今どきの萌えキャラ風の、あのキャラデザのせいなんかもあって、放映前にはいろいろといわれたりもしたでしょうが、蓋を開けてみれば見事に、復活名劇の看板作品と呼べる(つってもまだ一作なんですが)良作になっていたと思います。
 前の感想でも述べたことですが、4クールの間一度も退屈したり切りたいと思ったことのない作品というのは、1クール、2クールの尺がスタンダードになっている今の時世で、やはり貴重に感じられます。惰性でだらだらつづけるというのではなく、4クールの長さをきっちり有効活用して“ドラマ”を描ききった、という感じでしょうか。
 むろんそれは、完結した原作あってのことですけど、しばしばこのアニメ・シリーズで秀逸だったエピソードが、オリジナルのそれであったことを思えば、スタッフの技術と力量と情熱なくしては、ここまでの作品には仕上がらなかっただろうと感じられます。本当にありがとうございました。

 …で、謝辞を述べたら、ほんとにもういうことがなくなってしまったんですが。
 うーん、あえていうなら、最終回にミリエル司教との出会いのエピソードを持ってきたのは、たぶん、最初からスタッフの目論見だったんだろうな、ということくらいでしょうか。原作読んでる人からすれば、あのエピソードが語られないまま筋が進行していくことに、シリーズの最初の頃なんかは、
「なんでだろう?」
 という疑問があったはずで。ジャン・ヴァルジャンの魂の遍歴の起点が描かれないために、彼の贖罪の根本の動機が、今ひとつ具体的に理解しづらかったところは、確かにあったと思います。
 ま、でもこの作品は、「少女コゼット」というサブタイトルがつけられているように、主人公ジャン・ヴァルジャンの過去から現在を追っていくというより、コゼットの視点から、ヴァルジャンの過去を掘り下げていく描かれ方がされていたわけで。だから、彼の現在の始まりであった、ミリエル司教との出会いが、結末に語られるのは、必然であったように思えます。
 過去を語り終えてから、ヴァルジャンが燭台の短くなった蝋燭を代えてくれるよう、コゼットとマリウスに頼みますが、これは燃え尽きようとする命を若いふたりが受け継ぐ、ということを表しているんでしょう。だったら銀の燭台は、それぞれの命の火を支えるものだということで、それがなにを意味するかは、見た人の解釈に任されるのだと思います。蛇足的に僕の陳腐な解釈をいうなら、“愛”ということになるでしょうが。
 ミリエル司教の銀によって、ヴァルジャンの古い魂が買いとられ、それ以降は監獄の暗闇に閉ざされた彼の生命が、光を灯すこととなりました。とはいえ、蝋燭が炎の輝きを保つために徐々に短くなっていくように、授けられた命もいずれは尽きます。旧約聖書の「コヘレトの言葉」に、
「何事にも時があり/天の下の出来事にはすべて定められた時がある」
 とある如く、人も物も出来事も、定められた時節に従い、始まって終わるものです。
 人の存在が受け継がれていく、ということを以前の記事に書きましたが、存在とはその人が生きた証としての、光明のようなものなのかもしれません。それを記憶し伝えていく者がいることによって、人は死ぬことはあっても、消滅することはなくなるのでしょう。
 すべての物事には終わりがあるけれど、終わりがまた始まりなのだ、と。ジャン・ヴァルジャンがその生涯の最後に、新しい命をもらった初めの記憶に立ち帰ったように。

 さて、本当にもういうべきことがなくなったので、一年つづいたこの「コゼット」のレビューもこれでお開きにしようかと思います。ここまで書きながら、どういうふうに終わらせようかと考えていたんですが、どうにもいい結びが思いつきません。
 結局のところ、原作もアニメも同じ文句で締めたのだから、この感想記事も、原作からの引用で締めるのが適当な気もします。せっかく版権も切れてることですし。それに作中で死んだ多くの人たちと同じく、主人公に哀悼の意を表しつつお別れ、というのもいいんじゃないでしょうか。
 というわけで、これで終わりです。読者の皆様、長い間どうもありがとうございました。

  彼は眠る。数奇なる運命にも生きし彼、
  己が天使を失いし時に死したり。
  さあそれもみな自然の数ぞ、
  昼去りて夜の来るがごとくに。

                (「レ・ミゼラブル」豊島与志雄訳 「第五部 ジャン・ヴァルジャン」より)





↑結局、あの予告のふたりは誰だったんだろう…? と、最後までそれが気になった管理人にどうぞ拍手でも。そしてよいお年を。





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