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レ・ミゼラブル 少女コゼット 第51話「明かされた真実」

2007.12.24 Monday 16:35
 この作品でもっとも明かされなくちゃいけない真実は、予告やってるふたりが誰なのか? ってことだと思うんですが、前回予告であのふたりが、
「テナール(R)ディエ(L)でございます、わたくしテナール(L)ディエ(R)と申します」
 とかアホなことやってた理由が、今回見て納得いきましたよ。

 ナポレオンに授与されたもんだから、王政下じゃほぼなんの価値もないとはいえ、本物の男爵位を持ってるマリウスに対し、堂々とテナール男爵を名乗るテナルディエは、相当な心臓だといわざるを得ません。
「ちょいと用がありまして、下水道に下りてたんですが」
 って、どういう男爵様だ。
 原作「レ・ミゼラブル」は、主人公ジャン・ヴァルジャンが徒刑場から出所し、人々から蔑まれ、迫害され、極度の人間不信に陥った後、ミリエル司教との出会いによって、浄化される場面をもって物語の始まりとしました(その前に延々とミリエル司教についての語りがありますが)。この「少女コゼット」では、彼はすでにしてモントルイユ・シュル・メールのマドレーヌ市長の名で、慈善に尽くす人物として、その役割が始まってます。
 両者の違いは、前者が罪人の更正、さらには聖人化に至る過程を描くことに主眼が置かれているのに対し、後者は主人公がコゼットになってるからか、最初からヴァルジャンが聖人である、という点にあると思います。
 で、原作でのヴァルジャンは物語の後半における受難(自分自身で招いたところがかなりあるんですが)によって、彼は最終的な聖化を迎えることになるわけですが、最初から聖人であるアニメでは、その受難の部分は省かれて、子供向け娯楽番組としてかなりソフトに、受け入れやすいものに改変されているようです。
 この改変には原作を知っている方からは、やっぱり賛否両論出てくるでしょうけど、個人的には「少女コゼット」の物語としてなら、ちゃんと筋が通っていると感じられます。
 しかし、原作に較べるとマリウスが切れ者だよなあ。第48話で、自分を救ってくれた人が誰か推理する場面やら今回やら見ると、原作のマリは人のいうことならなんでもホイホイ信じる、ただのアホではないかと思えたりもして。
「君のお父さんは、本当に素晴らしい人だ!」
 と、目を輝かせてマリウスがコゼットにいったとき、彼も歓喜で心がはちきれんばかりだったでしょう。あらかじめ父親を失っていて、それゆえにずっと探しつづけてきた彼にすれば、ようやっとその、探していた父親が見つかったんですから。

 僕もいいかげん、父親になってておかしくない年だからいうんですが、おそらく子供が求める理想の父親像なんて、大抵の男にとっちゃ、過分に重荷でしかないんでしょう。いや、きっと世の中には、子供にとっての“そうであってほしい父親”を、立派にやっていらっしゃる方もいるんだろうとは思うんですけど、少なくとも僕には、そんな大役はとてもとても務まらない、と情けないことをいうしかありません。
 しかもマリ公は、一度も接触のないまま先代ポンメルシー男爵を失っているわけで、おかげで彼の頭の中で、父親像が過剰に理想化されてるきらいもありそうですし。もし、生前の男爵にマリが会っていたら、案外と、ああこんなもんか、と失望したかもなあ、とか考えたりもして。
 祖父に父親を否定されたことは、マリウスにしてみれば、彼の抱いた理想を否定されたことに等しいんだから、純粋で短慮で血気盛んな若者としては、それで怒り心頭に達して思わず家出しちゃう、ってのも当たり前に思えます。つか、ジルノルマン爺さんとマリウスって、似た者同士っすよね。他人に対して壁をつくらないオープンな性格とか、わがままと紙一重の純粋さ、無邪気さとか、意地っ張りで頑固な面があるかと思えば、その意地が氷解すると、底抜けに親切で鷹揚になるところとか。
 なんとなくですが、マリの母親も同じような性格で、それゆえに先代男爵と激しい恋に落ちた挙句、親の反対を押し切って、ボナパルティストの男と結婚なんてことやらかしてしまったのではないかと。だとしたら、そら、ジルノルマン爺さん的には、ろくでもない男のために、娘のみならず孫までが…と、憤懣やるかたない思いになるのも道理でしょう。
 それで、勝手にマリの母親をジルノルマンやマリに性格の似た、外向的で激情タイプの女性だったと仮定するなら、ジョルジュ・ポンメルシー男爵は、どっちかといったら内省的で温和で冷静な、つまりジャン・ヴァルジャンに似通ったタイプなのでは? とか想像できたりもして。
 ってことは、そのヴァルジャンに育てられたコゼットも、父親の性質を受け継いでる面は当然あるでしょうし、そこの部分でかっちりとマリウスと噛み合い、ふたりは惹かれ合ったのかなあ、という気がします。同タイプの性格の男女は、噛み合うよりえてして反発し合うことが多いから、むしろ正反対のタイプのほうが、しっくりうまくいくことがあるんですよね。いっちゃなんだが、これに関しては経験ずみなんで、そこそこ自信を持っていえます。

 まあ、あくまで想像でしかないんですが、マリウスの求める理想の父親=“こうであってほしかった”ポンメルシー男爵の存在を探す行為は、実家を飛び出してひとり暮らしをすること(ジルノルマン家から出入り禁止をくらい、息子と会うことも禁じられ、質素で孤独な人生を送ったこと)や、その果ての副次的結果ではあるものの、革命に身を投じる(ナポレオン戦争に従軍したこと)等、父親の生涯の追体験とつながったように思えます。
 けど、それらを通してマリウスが感覚的に父親というものを見つけ、理解できたかといったら、どうも怪しかったのではないでしょうか。というか、ほとんどの男は、自分が実際に子供を持つ身になるまでは、“父親”なんてのがどういうものか、把握できないのが普通なような気もします(違うのかもしれませんが)。
 しかもマリウスにとっては、普通の父親では不足で、それは彼の観念にのみ存在する”理想の父親”でなくちゃいけないんだから、探したところでそうそう簡単に見つかるとも思えません。実際のところ、革命後の慌しさの中で、彼も父親探しという命題を半ば忘れかけ、半ばはもう見つからないのだ、とあきらめていたのじゃないか、と思えます。
 ところがここにきて、彼の義父であるフォーシュルヴァン氏ことジャン・ヴァルジャンが、どうやらその“理想の父親”であったことが判明し、彼は思いがけず得られなかった望みが叶ったような、そんな気持ちになったのではないかな、と。それを知ったのはすでにヴァルジャンが去った後だったんですが、もしその場にいたら、喜びと感銘のあまりにそれこそ、彼にひざまづいていたのではないかと思えるほどの、それは幸福の感情だったでしょう。個人の理想化に適うほどの人物に出会うことなんて、人生でそうしょっちゅうあることではないのに、実際に出会えたばかりでなく、その人は現に今、父親でもあるんですから。
 人々に尽くす無私の人であり、人格的にも尊敬でき、しかも個人的にも自分の命を救ってくれ、妻を与えてくれた人物…マリウスが求めてきた“こうであってほしかった”父親がいたのだ、という事実の前には、ヴァルジャンが自ら告白した過去の罪など、塵ほどの意味も、マリウスには持たなかったに違いありません。
 それにしても思うのは、原作ではヴァルジャンが徒刑囚であった事実を知り、またそれ以前から、どこかしら得体の知れないものをうっすらと感じとって、結果として彼を遠ざけたことで、またもや観念的な“父親喪失”を繰り返してしまったマリウスと較べ、アニメの彼はその過ちを犯すことがなかった点で、幸福だよなあということでしょうか。
 たぶん、大方の視聴者はへタレ・マリウスがへタレを脱却したから、このアニメの改変はよかった、と思うことでしょう。僕もまあ同意ですが、少々複雑な気持ちでもあります。マリウスのキャラクターは、フィクションのキャラクター的に口当たりのいいものになった代わりに、リアリスティックな人間の重みは、その分減じてしまったようにも感じられるので。
 ひょっとしたら僕は、原作のアホで恩知らずなマリウスが好きだったのかもしれません…もちろん自分のアホや恩知らずを悟り、激しく悔い、ヴァルジャンに赦しを乞う彼が、ということですが。
 おそらくアニメのマリウスは、ヴァルジャンに関連することで、自分を悔いることはないでしょうし、彼に赦しを乞い願ったりもしないでしょう。そもそもそんなことをする理由がないんですから。
 ジャン・ヴァルジャンが最初から聖人としての役割で登場したのと同様に、マリウスも完全無欠とはいえないまでも、かなりな程度には立派で賢明な、欠点や過ちの少ない人物としてその役割を全うしそうです。あるいは彼のような、内面に暗さや穢れを持たず、それゆえに一歩間違えれば傲慢にもなり得る人物には、たった一度でいいから、激しい後悔を感じてほしい、と僕が思うのは、単なるひがみ根性なのかもしれません。
 まあ、彼にもう一度父親を失わせるのは(それも自分自身の行いのせいで)、やっぱり少し不憫にも感じられるので、アニメのマリウスのほうが好ましく感じる、という感想も、僕は否定するつもりはないんですけど。
 ただ、ジャン・ヴァルジャンという“父親”を永遠に失ったことの痛みを、その後のマリウスの人生は伴わずにはいられない、という原作の結末と比較した場合、アニメはやはりハッピーエンドとなるのでしょう…それはそれで構わないし、前回感想で名作認定したことは、今でも変わってはいないんですが、できればこのアニメを通して「レ・ミゼラブル」を知った方には、原作にも目を通してほしいな、と管理人は思ったりもしています。


 追記
 とはいえ、この番組の視聴対象である子供さんは、すぐには原作には手をつけないほうがいいかもしれないっすね。大人になって、いろいろと経験積んでから読んだほうが、しっくりくるものが多いように思います。





↑ま、でも実際今回のマリがかっこよく見えたのは事実だったりする管理人に、よろしければ拍手を。そしてメリー・クリスマス。





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2011.03.22 Tuesday 16:35
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コメント

 1ヶ月振りのコメントとなってしまい誠に申し訳ないです。これまでの分の話に関しても今年中には厳しいですが、またコメントしていくつもりですので、そのときはまたよろしくお願いいたします。

 上流階級の社交辞令を述べながら、あっさりと自分が下水道にいた話をしだすテナルディエは、周到なのかマヌケなのかよくわからん奴ですな。狡猾な道化というのが彼に与えられたポジションなのかもしれませんが。前回のおかみの改心やパトロン・ミネットが最近放置されていることにより、この作品の悪役部分を一手に引き受けている感のあるテナは、大方の予想通り今回逮捕という形で退場を迎えましたが、ジャベールの言葉によって思っていたよりもみじめな退場劇ではなかったように思われます。原作改変によってそれぞれのキャラに希望が残るような形にねっていますし。まあもっとも当時の法律ではテナは終身刑以上の刑を受けることになるのでしょうけど…

 今回でマリウスは見事なヘタレからの脱却を見せてくれました。この作品で一番人間的な弱さを持っていた彼が、今回ジャン・ヴァルジャンの過去を鵜呑みにしてヴァルジャンを軽蔑するということはなく、またテナの言うことに全く惑わされることなくテナの人間性を判断し要求を跳ね除けるなど、大きな成長を見せてくれています。その分マリウス特有の人間臭さは失われたわけですが、原作と違いABC全員の遺志を継いでいるわけですから、彼の成長には十分納得できるものがあります。ってかこれからヴァルジャンに代わってコゼットを守っていかなければならないんだから、これまでのようなヘタレでは困るのですが… また、父ジョルジュの遺言には表面上反しても、自らテナルディエの人間性を見抜きテナを突っぱねることができたことからも、マリウスの父親探しは一段落したのではないかと思います。
 「少女コゼット」の物語のはずなのに、因縁のテナと対峙する場面においてコゼットがほとんど話に関わらなかったのが少し残念な気がしないでもありません。テナとの因縁の深さならマリウスより上でしょうし。連行されているテナを黙って見送ってただけっていうのも少し物足りなさが残ったような気がします。
 
 
| こいくち醤油 | 2007/12/30 9:32 PM |
こいくち醤油さん。おひさしぶりです。そしてあけましておめでとうございます。
「コゼット」本編のほうはすでに終了してしまいましたが、またこうして感想コメントをいただけるのは、嬉しく思います。

>上流階級の社交辞令を述べながら、あっさりと自分が下水道にいた話をしだすテナルディエは、周到なのかマヌケなのかよくわからん奴ですな。

そこの部分と、その前、一応変装してジルノルマン邸に出向いたのに、一瞬でコゼットに正体見切られちまってる辺りで、悪党としてのやつのどうしようもない才能の無さを感じずにはいられません。
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」
といったのは親鸞上人ですが、善人悪人どっちも中途半端なテナルディエみたいなやつは、いったいどうやったら往生できるのかと悩んでしまいますな。

マリウスのへタレ脱却に関しては、僕のまったく個人的な思いからすれば、今回彼が“ヒーロー”になったことで、少々寂しい感じもあります。
が、残り話数的に見ても、彼の人間的な弱さからくる葛藤や過ちや後悔を描くには、余裕がなさすぎですし、それに「少女コゼット」的には、それらをあまり突っ込んで描くのも、本筋から外れることになりそうなんで、まあ、これでよかったかな、とも思います。
前回の結婚式でヒロインコゼットの物語としては、グランド・フィナーレを迎えたかたちになったので、それ以降、彼女の出番がほぼなくなってしまったのは、惜しい限りでしたね。
悪役を一手に引き受けたテナ公を前にして、コゼットがどういった反応を見せるかも、結構楽しみだったんですけど…。
| memento | 2008/01/03 9:28 AM |

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