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レ・ミゼラブル 少女コゼット 第45話「パリの下水道」

2007.11.12 Monday 15:47
 気づくと45話か…。やっと、というか、もう、というか。
 このブログを立ち上げて最初に書いた、そして一番長くつづいている感想記事が、この「コゼット」のだってのは、前にいった通りなんですが、長くつづけてる甲斐もあってか、当ブログの検索文字列のアクセス数上位4位までが、全部「コゼット」関係という、ブログ主としては到底この作品とスタッフの皆様方に、足を向けて寝られない状態となっております。
 まあ、そういうこと抜きにしても、純粋に一視聴者として、もうすぐ終わってしまうのは寂しい限りなんですけどね。


 














 ってことで、「レ・ミゼラブル占い」では↑のような結果になった管理人です。へタレかよ。まあ最後まで生き残るしヒロインもゲットできるしいいか。グランテール辺りだと思ったんだけどなあ。後、大陸棚がラッキープレイスっていわれても、なにをどうすりゃいいんだか…。

 前回までは圧政から民衆を解放するという、公明正大きわまる理想を持ったABCの友を主役に据え、それにふさわしく、彼らの物語はパリの青空の下で展開されましたが、若く純粋で、後ろめたい過去もなく、未来を信じていた彼らには、まことにピッタリな舞台だったと思います。
 とはいえ、その彼らの物語が、最終的には理想の挫折(あくまでミクロ的な視点では)と死をもって決着したのに対し、罪を背負い、コゼットを守るという自らの役割の終わりが近いことを予感するジャン・ヴァルジャンの物語は、生を求めるために、汚水と腐臭の占める下水道の暗闇をくぐり抜けるという過程を経ることになります。昼の後の夜、夜の後の昼というように、生と死、絶望と希望とは、背中合わせで巡りくるものなのかもしれません。
 そもそもコゼットとエポニーヌやヴァルジャンとジャヴェールの関係のように、明暗の対比というのは、そのキャラクター配置からも、作品の根幹のテーマにリンクするかたちで存在していました。前回のABCの友の死が、現実の前に理想が敗北するというかたちで人生の暗部や残酷さを示すなら、今回の下水道の逃避行と脱出は、最悪の苦境の中にあっても、なにか不思議な運命の働きによって、ふいに救われる瞬間もある、という人生の“明”の部分を示しているようにも思えます。
 誰も這い出せないといわれていた陥没溝の泥沼に沈もうとしていたヴァルジャンとマリウスが九死に一生を得たことも、下水道から出ようとしたところでテナルディエに遭遇し、しかも暗闇のせいで彼にはヴァルジャンがわからなかった、というのも、ただの偶然といってしまえばしまえるんですが、それによってふたりが助かった事実を考えれば、どうにも不思議な思いがします。
 こんないい方でテナルディエを評することになるとは、自分でもまったく意外ですが、あの場面でやつは、なんと“救いの神”になっちゃったんですよね、本人にもまるっきり自覚なく。
 しかもそこで彼は、ジョルジュ・ポンメルシー大佐を“救った”自分の美談の真相を、なぜか会ったばかりの正体不明の男(テナの視点では)に語って聞かせ、そのインチキ性を暴露する一方で、話の中の大佐の息子であるマリウス(彼はテナを監獄送りにした張本人なんですが)と、彼が憎んでいるヴァルジャンとを、知らず知らずのうちに実際に“救っ”てしまっているという…なんともまあ、やつの役割の奇妙にして因縁深いことよ、と思わずにいられません。自分がどんだけ皮肉なことをしてるか、欠片も気づいてないんだろうな、テナ公は。
 宗教的な話にシフトさせてしまうと途端に胡散臭くなるのを承知でいうんですが、もし神様というのがいて、人の運命を操っているのだとしたら、テナルディエのような悪党が今まで生かされてきたのは、まさにこの瞬間のためなのかもしれません。彼が破滅させ、死に至らしめたファンティーヌの願いは、娘のコゼットの幸福でしたが、それを果たす使命はヴァルジャンに、次にはマリウスへと託され、そしてテナが彼らふたりを結果的に救ったことで、ファンティーヌの願いもつながれることになりました。
 もちろん、これを単なる偶然だと見ることもできるんですけど、あえて神の導きだと解釈するなら、テナルディエみたいなやつにさえ役割があるんだから、人間すべてに生きる意味がある、ってことなんでしょう。
 「ロード・オブ・ザ・リング」で、主人公のフロドが指輪をつけ狙うゴラムのことを、あんなやつは殺されていればよかったんだ、といって、魔法使いのガンダルフにたしなめられる場面があります。
「生死を軽々しく語ってはならない。誰が生きるべきで誰が死ぬべきか、おまえにわかるのか? 賢者といえども未来は見えぬ。あのゴラムにもなにか役目があるのだ」
 三部作をご覧になった方はご存知だと思いますが、この後ゴラムは物語上で大きな役割を果たし、ある意味、フロドの過酷な任務を達成する鍵となったわけで…そういえば、原作者のトールキンもカトリックの信者だったっけな。「指輪物語」はこの「レ・ミゼラブル」と同じく、非常にカトリックの思想が色濃く出た作品でした。
 運命とか、その連環とかいったことを考え出すとキリがないんですけど、ファンティーヌが非業の死を遂げて以降、ヴァルジャンはもとより、テナルディエやジャヴェール、ガヴローシュ、マリウスといった多くの人々が意識的無意識的に果たしてきた役割というのも、結局はただ、
「娘を守りたい」
 という母の願いを叶えるためだけのものだったのかも…なんかすでに物語の総括的なこといってしまってる気がするな。この調子で感傷に任せるまま話してたら、最終話で語ることがなくなってしまいそうなんで、いいかげんにしときます。

 今回はちょい短いですけどこれくらいで。サブタイ見るといよいよ次回にはジャヴェールの去就が語られるみたいですが、彼は彼でいいキャラなんで、次々と重要人物たちが去っていく展開の中で消えていくのは、やっぱ惜しいなあ…。ヴァルジャンの影である彼も、コゼットの影だったエポニーヌと同じく、出会い方が違っていたら、友人にさえなれてたかもしれないのに…。
 って、ほんとにこのまま果てしなく語ってると、以後の話題がなくなっちまうか。物語の登場人物たちを見習って、管理人もいさぎよくこの場を去ることにします。
 とりあえず次回で、“退場エピソード”は終了ってことになるのかな?





↑で、その後しばらくしてから最大の別れがくるのか…と、季節柄も合わせていささかメランコリックな管理人にどうぞ拍手でも。





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