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レ・ミゼラブル 少女コゼット 第43話「ガヴローシュの願い」

2007.10.31 Wednesday 18:17
 もはやこのアニメは、
「次はいったい誰が死ぬんだ? 今回は誰も死なずに終わってくれるのか?」
 と、不安に怯えながら視聴する作品と化してます。

 しかも今回のサブタイの不吉さから、大方の視聴者が不安を煽られまくってたことでしょう。そしてその不安は的中…なのか? なんかラストを見ると、まだかろうじて希望は残されてるっぽいけど。
 それはともかくとして、前回バリケードに、いかにもこの作品の真ヒーローらしく登場(マリウスといい、“ヒーローは遅れて登場”の法則は健在ですな)したジャン・ヴァルジャンが、こういう修羅場なら学生なんかよりゃよほど場数こなしてるだけあって、あっさりと状況を仕切る存在と化してしまってます。
 冒頭で政府軍の若い兵士を撃つか迷ってるアンジョルラスの描写がありましたが、あそこでマジで撃ち殺してたら、アンジョルラスの評価は視聴者的には分かれてたのかもなあ。僕は撃つべきだったと思いますけど、もちろん、それが最善だという絶対の確信があるわけじゃありません。アンジョルラスの立場としては、あくまで公のこと…ABCのメンバーやその掲げる大義、革命に賛同して協力してくれた人々、さらには祖国フランスの未来まで考えなくちゃいけないんだから、そのためには本来、ひとりの人間の命を奪うことをためらってはいけない(ただし、心の痛みを伴わずに、であってはなりませんが)んですが、一方のジャン・ヴァルジャンはどうも僕には、この革命自体が成功するとは考えていないように見えます。彼がこれまでやってきた慈善も、過去の贖罪という、きわめて個人的な動機から発しているように、このときも彼が目的とするのは娘のコゼットの想い人のマリウスを守る、という個人的動機に根ざしているみたいで、だから、公を背負わない彼の口からは、むやみに命を奪うのは避けるべきだ、という言葉がすんなり出てくるんでしょう。
 行動の原理がそもそもからして違うんだから、この場でアンジョルラスとヴァルジャン、どっちが正しいかを問うのはあまり意味がありません。ただ、アンジョルラスは根が非常に優しい男なので、結局ヴァルジャンに説得されちゃうかたちとなりました。これじゃ、暴動鎮圧のためなら非武装の老人も子供も容赦なく殺す、政府軍に敗北するのは致し方ないといえるかもしれません…残念ながら。
 物事の解決をはかるとき、それが話し合いですむならそれに越したことがないのは、いうまでもありませんが、しばしばそれではうまくいかず、力と力のぶつかり合いで決しなければならないことがあります。現に、歴史を見ればわかることですが、暴力は少なくない数の問題を解決してますし。そういうと人として反発したくなる気持ちはよく理解できますけど、戦いは無益だ、よくない、という倫理観はそれこそ紀元前の昔から存在していたのに、今に至るまで人間が戦いをやめられない辺りを見たら、結局のところ戦いを“やめられない”のではなくて、“やめたくない”のではないか、としか思えなかったりもして。
 明らかな不利益、損害が伴うのにそれをやめない、というのは、不利益や損害を上回る、なんらかのメリットがあるからでしょう。僕ら自身が自分の内面をよくよく覗き込んで、力を行使することへのひそかな願望とか、それによる事態解決の有効性を認めている事実とかを直視しないことには、暴力や戦争というものに対する、真摯なスタンスは得られないように思えます。

 ちと話が逸れましたな。行動の原理ということをいうなら、バリケードにたまたま居合わせた連中も、各人各様でそれぞれ違いがあるようで。
 アンジョルラスたちABCのメンバーは共和政の実現というやつがそれで、つまり政治が動機になってるんですが、ジャヴェールは彼らの鎮圧のために…法律が動機の主体となってます。おそらくジャン・ヴァルジャンには、
「コゼットが慕っている青年のためにバリケードにきたが、そこにジャヴェールまでいたとは…。これはやはり、神のご意志なのかもしれない。コゼットを守る役目を終えて、もとのジャン・ヴァルジャンに戻れという」
 という台詞からもわかる通り、その行動の根っこには宗教というものがあるんでしょう。じゃあガヴローシュは?
 ユーグやブレソールみたいな虐げられた子供たちを守るため、というのは宗教者的なスタンスに近いけれど、パンをもらうために教会は利用してても、彼自身は別に敬虔なキリスト教徒って感じも特にしないし、神様に祈ってる場面なんかも出てきません。普段やってることは盗みとか不法居住とかなんだから、法のためなわけはないでしょうし、政治うんぬんへの理解もないから、共和政が実現されたらどうなるか、というのにも、とにかく困った人たちが助かるんだろうくらいの、漠然としたイメージしかありません。
 ちと不謹慎ながら、ガヴローシュの態度見てると、革命という“お祭り”を楽しんでる様子さえ見受けられます。そこら辺が彼を助けたいマリウスには、ものすごく心配なんでしょう。これは遊びじゃないんだぞ! と、現に彼の姉さんが死んで、その代わりにたまたま自分が生きている、という結果を知っているマリなら、叫びたいところではないかと。実際、幾度かすでにそういうこといってるみたいですし。
 まあ、彼の心配ももっともで、やはりどうもガヴには、子供だから事態の深刻さが今いち理解できてない…だから血気に任せるままやたら無謀な行為に出られる、ってのは、一見ありそうです。んだからって、彼がこの暴動にお祭り気分だけで参加してるってわけでもなく、今回、政府軍の攻撃がさらに激しくなって、バリケード側の弾丸が不足したところを、銃撃をかいくぐって弾を拾う彼が思い出したのが、昔教わったコゼットの子守唄だったってところから、彼なりの行動原理ってもんが窺えたように思えます。
 つまり、彼はコゼットのために戦ってるんですね、今でも。
 彼自身がそれを自覚してるかはわからないし、たぶん自覚はないんだと思いますが、テナルディエの家にいた頃と彼は変わってないということなんでしょう。そういやパリにきたのだって、もともとコゼットに会いたかったからだし。
 コゼットのため、ということなら、マリウスだって彼女のためではあるんですが、一応大人の彼には、それ以外にもいろいろと抱え込まなくちゃいけないことがあったりもして、その結果として今は暴動に参加してるわけで。本音をいうならマリ的には、革命どうこうよりは、恋人のコゼットともう一度会いたい、というのが上にくるんでしょうが、“父親探し”という実家を出て以来の心理的な問題になんとかけりをつけたい、という個人的な思いも抜き難くあり、さらにはマブーフやエポニーヌの犠牲を目の当たりにした、ということもあって…こうして見ると彼も、あんまし政治の大義だとかは意識に入ってない感じですな。や、まあマリはいつもそうだったし。
 だいたいほとんどの人間ってのは、政治だとか自由だとか正義だとかいった漠然としたものなんかのためには、なかなか命は賭けられないもんっすよ。最初のうちはそれらのためでも、いざ戦場で戦う段になると、人はいっしょに戦っている戦友や故郷に残してきた家族や恋人といった、具体的な存在のために戦うもんです。その証拠に、戦場で兵士が死ぬときに呟く言葉は、
「お母さん」
 だそうですから。
 大義名分的なものがないガヴにすれば、この革命への参加は、最初から具体的ななにかを守るためのものだったんでしょう。その象徴として、コゼットの存在があるわけです。幼い頃にテナルディエから彼女を守ってきた彼にすれば、この暴動も、それと同じことを、少しばかりスケールを変えてやってるだけだって話なんでしょう。そしてそれはその通りでもあります。
 大人というのは、革命だの共和政の実現だのといった大義名分がないと、戦えない生き物なんですよね。本音は別にして、なんか立派そうなことをやってるんだ、という意識を掲げていないと命を投げ出せない、って部分は確かにあります。
 ガヴは子供だから、革命も別に立派なことなんかじゃないと知っていて、だから子供である自分だってそれに参加してなにが悪い? ってな気持ちがあるんでしょう。それを無謀とする大人のほうが、実は誤りなんだと思います。無謀っていうなら大人だろうが子供だろうが違いはないんだし。
 彼を子供扱いし、ことの重大さをおまえは理解してない、といいたげなマリウス始めABCの連中に対しては、おまえらのほうがわかっていない! という気持ちをガヴは持ってるんじゃないでしょうか。圧政で苦しむのは大人も子供も関係ない…いや、むしろその犠牲になるのは、いつも貧しい子供からなんだから、これは俺みたいな子供のほうが、より切実な問題なんだ、と。俺は小さい頃、いじめられていた女の子を知っていた。俺はその子を守るために戦った。そういう状況が今でもある。だからここでも戦ってるんだ、と。
 ある意味じゃこの革命の意味を、一番具体的に理解しているのはガヴローシュなんじゃないかとも思うんですが…だからアンジョルラスがいうように、誰にも彼を止められない、というのは事実そうなんでしょうが…それでもマリウスとしては、助けたい気持ちのほうが強いんでしょう。
 しかし、当のマリウスだって、決して命を粗末にしていい立場じゃないはずなんですけどね。いや、もうこの状況見てたら、彼とかクールフェラックとかには、
「君らには帰る場所も待ってくれてる人もいるんだから、これ以上危険なことせずに、無事に帰るべきところへ帰りなよ。それが今の君らの一番の義務だろ」
 といいたくなったりもします。命を粗末にしちゃいけない、ってのは、もともとひとりじゃ命は生まれてくることもできない上に、生きてくのだって多くの人々との関わりや協力や気遣いの上で成り立ってんだから、本来的にひとりの命はひとりだけのものじゃない、って真理からくるものなんでして。
 そういうこというと、
「生んでくれと頼んだ覚えはない」
「自分の命をどうしようと自分の勝手だろ」
 ってなこという人がいるんですけど…でもねえ、そう思うのだって、生まれてきたからこそなんだし…ニヒリズムも結構だけど、その存立を許してるのが命だってことは、忘れないほうがいいんでは? キリスト教で自殺を罪として戒めてるのも、命がもともと自分自身のものではなくて、“授かり物”だからってことなんすよね。
 とはいえ、今のマリウスには、エポニーヌが死んだ上に、彼女の弟だからって理由で、なんとか生き延びさせたかったガヴローシュが、目の前であんなことになっちゃったとあらば、もはやこの戦いから脱けるなんて、考えられないんでしょう。それはわかるんですが、今の彼がやるべきことは、やはり生きてコゼットのもとに戻ることだと思えます。彼が自分でそれをできないんであれば、ヴァルジャンが代わりにやってやるしかないわけで…ほんと、世話の焼けるやつだな、マリ公。
 でもまあ、“愛すべきへタレ”たるマリウスの、愛すべき性質も、つまるところはこういう賢明でないところからくるんでしょう。まったく個人的な意見いうなら、若いくせに小利巧なやつってのは、あんま好感持てませんな。ま、そういうやつのほうが、生き延びる確率は高いんでしょうが。
 賢明でない、というならガヴだって同じで、アンジョルラスも、ジャヴェールも、ジャン・ヴァルジャンだってそうでしょう。個人的な思いからだろうが、公のためだろうが、信念や理想のために命を賭けるなんつーのは、馬鹿のやることです。この場合一番賢明なのは、そういう馬鹿連中を横で見て、鼻で笑っているパトロン・ミネットでしょう。が、賢い生き方が必ずしも敬意を払われるとは限らない、って、これは見本でしょうな。
 馬鹿だと思われるのは構わないけれど、本気で軽蔑されるのだけは避けたいな、と思う管理人でありました。職業に貴賎はなくても、生き方には厳然として、それはあるんだからね。


 追記
 よく考えてみたんですが、冒頭のアンジョルラスが兵士を撃たなかった場面は、あれはあれで適切だったのかも。今ってむしろ、
「なんで撃たないんだ!? さっさと殺せ!」
 って、割りと本気で思っちゃうような視聴者も、少なくないからなあ。
 もちろん、作品になにを求めるかは人それぞれですが、名作劇場に「デスノート」とか「ブラック・ラグーン」みたいなものを求めるのが当然…なわけではもちろんないわけですし。
 ま、なまじファンティーヌでああいうことやっちゃったから、つい期待してしまうのも、自然っちゃ自然なんですけどね。





↑ガヴのターンだってことで、いつもよりやたら長い記事になってしまった管理人に、「これじゃヴァルジャン最後の回にはどうなることか…」と心配の拍手でもひとつ。





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2011.03.22 Tuesday 18:17
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コメント

超遅コメントで失礼します。おかげさまで体調はすっかり良くなりましたが、1週間近く寝込んでいた分いろいろやるべきことが溜まっていたもので…
 
 さて、冒頭のアンジョルラスのシーンに対してはいろいろ批判もあったようです。公の大儀を背負って、貧しさに苦しむ人たちを救うために戦ってきたはずの彼が、相手が同世代の人間だからという理由だけで撃つのをためらうというのは、いささか無理があるような気もします。バリケードを守ることを考えるならば、あの大砲を撃たせないことが絶対条件なわけで、あそこでの迷いはこれまで彼がやってきたこと自体に対する迷いのようにも思えてしまいます。もちろん彼はこの革命の成功のために、相手側にいくら被害が出ても構わないとまでは思ってはいないでしょうが、それでも相手を撃つことにはためらいはなかったので、ここにきての迷いには観てる方としては「?」と言いたくなる部分は大いにあると思います。最終的にジャンが撃たなければ、アンジョルラスは撃っていたと思われるので、彼の信念が揺らいでしまったわけではないのでしょうが。ただ、アンジョルラスが撃つのでなければ、このシーン自体必要だったのかなと思わないわけでもないのですが…

 ガヴローシュがこの革命に参加したのは、「現実」を変えるためなのかもしれません。幼き日のコゼットの記憶、そしてパリに来てからもたくさんの「コゼット」を見てきたことが、彼にとって最大のバリケードに来た理由なのでしょう。貧しさに苦しむ人々を救いたいというのは、ABCの友と共通した理由なのでしょうが、ABCの友が「理想」としてそれを掲げている部分があるのに対し、ガヴはパリの浮浪児として生きているうちにそのような想いを持つようになった分、より切実な気持ちで革命に臨んでいるのかもしれません。また、その救いたいと考える対象も貧しさに苦しんでいる人々一般というよりむしろ、ユーグ・ブレソール、そして「コゼット」といった、彼が実際に出会った貧しさにあえぐ子供たち一人一人といった具体的な存在なのかもしれません。そのことを彼自身が完全に頭で理解しているわけではないのでしょうが。だからこそ、「俺にも銃をくれよ、革命ってやつに参加したいんだよ。」と革命に参加すること自体がバリケードに来た目的とも考えられるセリフも出てくるわけで。そういった意味ではガヴの革命参加には二面性があるとも言えますね。
| こいくち醤油 | 2007/11/18 10:03 PM |
こいくち醤油さん。おひさしぶりです。風邪は全快されたようで安心しました。

名劇史上最大の死者数を誇る、この「少女コゼット」ですが、それでも一応は子供向け作品であり、某Nice boatみたいな、とにかくセックスと流血で話題呼び込みさえすりゃいいやという、(つくり手側にとって)お気楽な作品でない以上は、アンジョルラスの例のシーンは、いろいろ批判されるものになってしまうのは致し方ないのかもしれません。

>ただ、アンジョルラスが撃つのでなければ、このシーン自体必要だったのかなと思わないわけでもないのですが…

この回だけ見た限りでは、僕も必ずしも必要なシーンではないな、と思います。
ただ、第44話でこのときアンジョルラスが殺さなかった若い砲兵長の、辛い任務だ、という台詞もあるので、それを踏まえてのこのシーンなのかも。殺す側殺される側双方が人間であり、いろいろとしがらみやら思うところやらを抱えている、ってことですね。
僕ら大人の視点でそういうのを見ることと、子供がそれを見ることとの間には、やはり慎重になって考えないといけない差異というものがありますから、僕はまあ、これでよかったんじゃないかなと思っています。

>ガヴの革命参加には二面性があるとも言えますね。

彼の動機は悪いいい方をするなら、“参加することに意義がある”って感じですしね。組織の一員として有益な働きをするというよりは、もっぱら自分の“参加意識”を満足させたいがために参加しているみたいな。
ま、子供だからそこら辺りは仕方ないですが…記事の中でヴァルジャンは宗教、ABCの友は政治、ジャヴェールは法律、とそれぞれの行動原理を述べていながら、僕はガヴのそれを書くのを忘れてました。
彼のはいわば“民意”でしょうね。現実を変えないともうどうしようもないんだよ、という民衆の声を代弁する立場として、コラントにいるんだと思います。
革命を主導できるのは、知識階級であるABCたちブルジョワでも、本来の主役は、ガヴに代表される庶民なんですから、そりゃ、マリウスからうるさくいわれようが、彼が暴動から抜けないのも道理です。一般民衆からすりゃ、民意不在で勝手にドンパチやられちゃ困るわけでして。だからユシュルーたちが抜けた後でもガヴがバリケードで頑張ろうとするのは、本当はアンジョルラスやマリウスなんかよりずっと、そうするべくしてそうしているのだ、というところがあるんじゃないでしょうか。
ただ、民意不在な部分はやはり多少なりともあったみたいで、この六月暴動が失敗に終わったのも、市民が蜂起に踏み切るほどのきっかけになりきれなかった、というところに理由があったわけなんですけど…。
| memento | 2007/11/20 12:46 AM |

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