Speak Like a Child

世の風潮も時代の流れも無視して、ただ思うままくっちゃべる徒然ブログ。

スポンサーサイト

2011.03.22 Tuesday

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | - | -

スケッチブック 〜full color’s〜 Page02「いつもの風景」 Page03「青の心配」

2007.10.21 Sunday 07:02
 ♪リアルにい〜きて〜るか〜?
 …すんません、前回見落としてたんですが、ED歌ってんのが牧野由依なのはわかってたんすけど、作詞作曲が大江千里って…しかも協力が太宰府高校の芸術科って…。太宰府ったらモロ、ピンポイントでうちの実家があるとこなんすけど…。
 ったら、今後は天満宮とか出てくんのかなあ? あそこにある幼稚園に小さい頃通ってたんだよなあ。学問の神様のお膝元で育ったっつーのに、こんなんなってしまって、まことに地元には申しわけが立たない思いです。ああ、なんかひさびさに実家帰りたくなってきたかなあ…。

 キャスティングに田村ゆかりがいたことも見落としてました。博多が舞台なら、彼女の独壇場でしょう。どうでもいいことなんですが、「ブラックモンブラン」が九州限定商品だってこと、管理人は本州に出て初めて知りました。
 しかし感想書きにくいな…。面白くない、って意味でではまったくなく、こういうなにげない日常を描いた作品というのは、あーだこーだ理屈ぶって論じるのは野暮のきわみというものだし、それよりもなによりも、舞台が自分の故郷ともなると、あんまし客観的に見れんわけで。
 太宰府高校って、僕は知らなかったんですが、福岡じゃ唯一芸術科のある県立校だったんですね。僕が高校受験した頃だと、まだできたばっかの学校ってイメージだったかなあ。その頃は当然芸術科もなかったし。
 学校のある高雄って、僕の住んでた観世音寺区とは方角的にちょうど真反対な上に、僕は中学出た後、福岡市南区のほうへ移っちゃったんで、あんましあの辺りはわからんかなあ…。まあなんだ、とりあえずいくら田舎だからって、宰高には鶏飼ってる先生がいるんすか?
 Page02は空がいつもと違うことを始めた日の出来事を描いてます…つっても、それでなにかが起こりそうで、結局なにも起こらんという。
 ザリガニも青くならんし、猫が学校に紛れ込んで(いかにも田舎の学校のハプニングですな)も、お魚くわえたそいつを追いかけて裸足で駆け出しル〜ルルル〜ル〜今日もいい天気〜みたいなことにもならんし、部長が着替え中の女子更衣室を開けてイヤーンってなことにもならんし…僕も神谷先輩と同じで、いっぺんでいいから、んなシーンこの目で見てみたいもんですが、あるのかなあ、リアルでそんなこと。あったぜ、って体験談なり目撃談なりあったら、どなたかぜひコメントください。
 まあ、なにかあったっていや、春日野先生の秘密兵器があんなんなったくらいか。しかし、散々居残りさせられた美術部員的には、ネタ引っぱりまくった挙句にオチのない漫才見せられたような気分でしょう。“いつもと違う”で一日を始めた空としては、
「楽しかったね」
 ですけど、ほかの人たちにしたら、いったいなんだったんだ今日は? 的シュール感に満ちた一日だったのではないでしょうか。
 あ、漫才っていや、涼と風のザリガニじゃんけんですが、いくら田舎だからって、宰高じゃあんな一発ネタのために、生徒がロブスター持ってくんのを容認してるのか? 俺が帰ってない間に、太宰府も変わっちまったな…。

 で、Page03は神社(竃門神社?)でのお祭り話。

夏海「あーいわれてみれば、小野妹子って顔しとうねー」

 意味不明ですが、そもそも小野妹子って名前のくせに、れっきとした男だって事実に、釈然とせんものを感じるのは僕だけか。ついでにいうと、在原業平(ありわらのなりひら)を、さいはらごうへいと読んだことがあるのは僕だけじゃあるまい。
 で、お祭りの後の花火で、相変わらず空は止まってくれないものをスケッチしようとしてます…なんか「マルメロの陽光」思い出すな。そういやアントニオ・ロペスが、日々成長し変化するマルメロの木を、その変化も含めて、なんとかキャンバスに描き留めようとするのと、空が猫や鳥や光や花火を、スケッチブックに描き留めようとするのって似てるもんがあるのかも。
 それ考えると、ヴィクトル・エリセのあの映画の持つ、微笑ましく暖かな雰囲気と共通するもんを、この「スケッチブック」にも感じとれそうな…それに、あの映画でロペスがマルメロを描くのは、少年時代の思い出が強く影響してる、ってのがわかるけど、その、思い出とか追憶とかいったテーマは、確かに、このアニメにも見出せるもんじゃないかという気がします。そう思うのは、僕の故郷を舞台にしてる作品だからかなあ。
 なんかねえ、このPage03のラストでの、あの夜空を埋め尽くすような花火の氾濫と、遠くに見える宝満山と、
「どこにいてもあんま変わんないんだな、姉ちゃんは」
 って青の台詞と、そしてその後流れてきたEDテーマと、それらの相乗効果で、不覚にも涙腺が緩んで、ジワッときてしまったんですが。今回はなんとか耐えられましたが、何回かこれ見てったらやばいかもしんないっす。
 そういや子供の頃は、やけに花火が綺麗に見えたもんですが、もう何年も花火見てないなあ…。ま、どっちにしろ、あの頃見た同じ花火を、今見ることはできないんですけどね。それは花火が違う、ってよりも、見る僕のほうがすでに違ってしまっている、ってことなんですが。
 んなこと考えたらもう一本映画を思い出した。「レインマン」で有名なバリー・レビンソン監督の、「わが心のボルチモア」って作品の最後で、主人公がこんなこというんですよね。
「こんなになにもかも変わってしまうのだったら、もっと深く記憶に刻みつけておくのだった」
 ほんとにねえ…。こんなに記憶の中で薄れてしまうのだったら、あのとき見た花火を、もっと深く刻むか、それこそスケッチでもしとくんだった、と今さらながらに思います。





↑このED曲、CD発売されたら即買いしてしまいそうな管理人に拍手でもどうぞ。





スケッチブック 〜full color’s〜 | comments(0) | trackbacks(1)

スポンサーサイト

2011.03.22 Tuesday 07:02
- | - | -

コメント

コメントする










この記事のトラックバックURL

http://memento01.jugem.jp/trackback/172

トラックバック

「CLANNAD」のエンディングが素晴らしすぎです!あと「バンブーブレード」と「スケッチブック」についてちょこっと。

 こんにちは、だんちです。〆切明けです。疲れた。でも、一週間後にはまた次の〆切が
| 妄想界の住人は生きている。 | 2007/10/21 10:58 PM |