Speak Like a Child

世の風潮も時代の流れも無視して、ただ思うままくっちゃべる徒然ブログ。

スポンサーサイト

2011.03.22 Tuesday

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | - | -

「∀ガンダム」における君主論・その12

2007.09.15 Saturday 00:20
 ある時期から富野監督作品には、戦争を、その当事者である男女の生々しい情実に絡めて描く、といった作風が顕著になってきたように思いますが、「Zガンダム」や「逆襲のシャア」、「Vガンダム」よりはよほど描き方は控えめだとはいえ、この「∀ガンダム」にも、その作風は踏襲されているように感じられます。そしてそれが明確になるのは、ギム・ギンガナムというキャラクターが登場してからでしょう。
 今回は第37話「月世界の門」から第39話「小惑星爆裂」までを、ギンガナムとディアナの愛憎、そのことによるディアナの地球帰還作戦決行に至った心理的背景の推察などを中心に述べたいと思います。

 ジャンダルムはザックトレーガーを離れた後は、アグリッパの意を受けてディアナを迎えにきたギンガナム艦隊と接触する予定でした。が、ミドガルドの本意を知ったキャンサーとムロンによってディアナは脱出を果たし、先祖の建造した実験農場用アステロイド・コロニー、ミスルトゥへと避難します。それを知ったハリーは、キエルを連れてウィルゲムから逃走し、彼女を女王の身代わりとしてギンガナムに差し出すことで、ディアナの安全を確保しようとします。
 ハリーのこの、一見非情ともとれる行動は、あの状況ではほかにとる術もなかったとはいえ、彼にしては少々短慮ではなかったかとも思えます。女王をアグリッパのもとへ連れていく任務を帯びたギンガナムに、キエルをあてがい撹乱をはかったのでしょうが、実際にはその目的はほとんど効を奏していません。ギンガナムは一応キエルを女王として扱うものの、結局のところ、
「姫様の名を騙る地球人は放置できますまい」
 などと口実をつけて、マヒロー部隊にミスルトゥを攻撃させています。ハリーは、彼自身がディアナに性的執着を抱いている割には、同じようにディアナへの屈折した執心を持つ、ギンガナムの心理を読み誤ったようです。
 もっともこれは、ハリーの立場からすれば無理もないともいえます。すでに何度か述べていますが、ハリーにとってのディアナへの執着は、実のところ偶像としてのそれであって、その実体にはさほど関心はなく、極言するなら人間として、女性としての彼女の部分には、ほとんどなにも期待してはいません。これは彼がリアリストで、忠義忠節の対象として主君を崇め奉ることは叶っても、自らの性的欲求を満たす対象とは、ディアナがなり得ないことを理解しているからでしょう。
 もう一歩穿った見方をするなら、この時点ですでにハリーの気持ちが、キエルに傾いていたために、このような読み誤りが生じたのかもしれません。ソレイユからキエルを脱出させて以降は、ウィルゲムに一時彼女を預けたとき以外、ほとんどの時間を彼はキエルとともにいます。親衛隊隊長の職務意識から、キエルをディアナとだぶらせた彼の中に、キエルを守る、という行動上の道義が生まれたとしても不思議はないでしょう。実際、身代わりとしてキエルをギンガナムに差し出した際に、この道義はほかのどんな状況にも増して、彼には強くなっていたはずです。しかも、その直前にはキエルから想いを告げられたりもしているのですから、もともと情の深い男である彼の意識の大部分がキエルに向いてしまい、そのために“ディアナへの執着”という観点での、ギンガナムへの対応を誤ったとしても仕方のないことです。
 同じ執着といっても、ギンガナムのそれはハリーとは違い、“女王ディアナ・ソレル”という偶像にではなく、どうやら、生身の人間であり女としての彼女に向いているように感じられます。
 ハリーを初め、グエン、アグリッパ、ミドガルド、レッド隊の者たちなど、この物語で彼女に関わるほとんどすべての人物が、(それが好悪いずれであれ)偶像としてのディアナにのみ、関心を向けてきたことを考えれば、これはかなり稀有なスタンスといえます。ギンガナムと共通するスタンスでもってディアナに対していたのは、ほかにはロランしかいませんが、そうであるために、∀とターンXの二項が対立の末に並立に至るように、ロランとギンガナムは対のキャラクターとして配されているのでしょう。
 逆にいうなら、ディアナ・ソレルの女としての本質を知るキャラクターは、ロランが彼女を知る以前にはギンガナムしかいなかった、ともいえます。もし富野監督が、これまでの作品上で描いてきたように、戦争において男女間の情実がその中核にある、というテーマを、この「∀ガンダム」でも描いているなら、ギム・ギンガナムは、“人間ディアナ・ソレル”を照射するキャラといえるのかもしれません。

 ところで、僕はすでにディアナが地球帰還作戦を発動させた動機について、外的な要因と内的な要因のふたつを述べています。ムーンレイスの種族的願望及びそのことによる歴史の要請に応える、というのが、女王としての彼女の務めであったことと、女王の責務に疲れ果てた彼女が、一私人として死を求めた、ということがそれぞれですが、“君主として”“個人として”ならそうであっても、では、“女として”ならどうだったのでしょうか?
 そこで僕が考えずにいられないのが、ディアナ・カウンター創設以後の、ギンガナム艦隊の存在意義についてです。
 ギンガナムや彼の部下たちは、いかにも日本の侍然としたルックスで描かれ、その性格も武断的色合いの濃いものであり、古よりソレル家の武を司ってきたということもあって、やはり侍を…特に旗本のイメージを喚起させます。
 彼らの立場を、明治維新以降の武士階級のそれと重ねることは容易ですが、一方では維新後の侍たちが髷を切り、帯刀をやめ、支配階級から庶民階級に下ったのとは違い、ギンガナムとその配下は軍事力を持たされたまま、また艦隊も解散させられないまま…しかし、実戦からは永久的に遠ざけられることで、その家門や階級の維持だけは許されました。
 おそらくギンガナムのことですから、もし武装解除を求められたとしても、すんなり応じはしなかったでしょうし、その後市民軍のディアナ・カウンターに吸収されるくらいなら、反乱のひとつでも起こして華々しい戦死を遂げる道を選んだでしょう。それを見越しての、おそらくはディアナのこの措置なのかもしれません。が、僕が彼の立場だったら、戦いを禁じられ、お飾りの軍隊として女王のお情けで生かされるより、いっそのこと反逆者として処刑されていたほうがよほどマシだ、と考えたのではないでしょうか。
 さらには女王ディアナの護衛という、ギンガナム家のレゾン・デートルもまた、ディアナ・カウンターに親衛隊ができたことで奪われます。つまるところギンガナムは、彼の先祖が建設した月の首都ゲンガナムに居場所を失い、月軌道上に引き上げるしかありませんでした。これではまるでディアナから、おまえは必要ない、傍にいてほしくない、と、いわれているように彼が感じたとて当然でしょう。
 このような屈辱的な扱いを受けながら、それでもギンガナムがディアナに反乱を起こさなかったのは、不思議といえば不思議です。不思議というなら、情けと慈愛に満ちた女王ディアナが、どうして彼の武人としてのプライドを汲みとることもせず、このような無神経な措置を下したのかも不思議です。
 僕が思うに、ギンガナムに対するディアナの態度こそが、彼女の愛情の限界を示しているのではないでしょうか? 平たくいうなら彼女はギンガナムを愛せなかったのです。それには明確な理由などはなく、ただ、いかにも女性的に、
「生理的に受けつけない」
 という、男にすればきわめて理不尽ともいえる感情があっただけなのでしょう。とはいえ、生理的なものであるからこそ、その感情はディアナ自身にもどうしようもできず、おそらくはギンガナムが彼女に執着を見せれば見せるほど、彼への嫌悪感がいや増していったのだと思います。
 一方でそんな彼女に対し、ギンガナムは、どうしても憎むことができなかった…これもやはり生理的な感情であるために、彼にはどうしようもできないことだったのでしょう。ディアナの嫌がらせともとれる命令にも唯々諾々と服し、しかし自尊心を傷つけられた彼は、その愛を次第に歪ませていったのではないか、と、そう感じます。
 ディアナにとって不幸だったのは、もっとも嫌っている男が、自分の一族と縁の深い重臣であった、という事実でしょう。普通の女であれば嫌いな男と縁切りしたければ、最終的にはその男の手の届かないところに、雲隠れでもすればいいのですが、彼女はその地位や立場上そうするわけにもいきません。相手が名門一族の末裔であれば、そうそう簡単にお家とり潰しなどもできず、自分の視界の及ばない場所へ消えてもらうこともできず、ただひたすらギンガナムの存在に耐えていなければならなかったわけです。また、なにか口実でもつけて彼を排除してしまうには、ディアナは良心的すぎました。嫌いだから、という理由で臣下を罷免なり殺すなりすれば、それは暴君の行為にほかならず、君主として彼女にはばかられたのでしょう。が、そのことが彼女の精神衛生上悪い影響を与えつづけただろうことは想像にかたくありません。
 ギンガナムにしてもディアナに殺されていたならば、むしろ本望だったのではないかと思いますが、しかしそれが叶えられないがためにフラストレーションを溜め込むしかなかったのでしょう。自分がディアナに受け入れられないことは十二分に承知しつつ、しかし、あきらめきれないがゆえに彼女の関心を惹こうとする行為は、ますます屈折の度合いをエスカレートさせたのではないかと思います。
 このような関係が、男女双方によい結果をもたらすわけがありません。一方が一方を嫌いつくしているのに、縁を切ることができないという息苦しい状況で、ディアナが精神を極限まで疲弊させ、やがてギンガナムに代表される、月におけるしがらみのすべてから逃れたい、と思ったとて、女性心理からすれば当然です。ディアナが地球帰還作戦を性急に進めた背景には、このような心理の動きがあったのではないか、と僕は推察します。
 彼女が地球へ降りた本来の目的は、その地で死ぬことだったのですから、月に戻るつもりはなかったのでしょう。いってみれば、そのことで彼女は嫌な男から逃げようとしたわけですが、本当だったらディアナ・カウンターだけでなく、ギンガナム軍も連れていくべきだったのです。ムーンレイスに闘争本能がないというのなら、おそらく内乱などもそれまでは起きなかったのでしょうから、月本国に軍事力を残しておく必要はなかったのではないかと思います。むしろ、それによる弊害のほうを懸念すべきだったはずです。事実、地球帰還作戦発動直後にアグリッパに国権の私物化を許す結果となったのも、ギンガナム軍という軍事力を本国に残したことが仇となったのですから。
 こうした事態をディアナがまったく予測していなかったとしたら、彼女は人が好すぎるか、うかつすぎるというべきです。やはりどうも僕には、ギンガナムに対する彼女の個人的感情が、帰還作戦には絡んでいたように思えてなりません。
 そしてギンガナムは、地球へ降りてしまった(彼の観点からすれば捨てられた、ということになるのだと思いますが)ディアナをふたたび月に呼び戻し、自分に関心を振り向けさせる方策として、アグリッパの企みに乗ることを承諾したのでしょう。もともと彼にはこの反乱が成功するなどという期待もなく、アグリッパに月の王になれるだけの器量がないことも理解していたのだと思いますが、アグリッパ自身の考えとしては、闘争本能に目覚めたムーンレイスたちを、女王もろとも地球に放逐したかったのですから、まったくうまくギンガナムに利用されてしまったわけです。
 ようするにギンガナムは、ディアナに忘れられたくなかったのでしょう。
 好意を得ることが叶わないなら、せめて憎悪とともに、彼女の記憶に自分を留めておいてほしかったのではないでしょうか。それがつまりは彼の愛であり、同時に自らを遠ざけたディアナへの復讐でもあったのだと思います。結果としていうならば、彼は望んだ以上のことをディアナに対してしました。ターンXの力をもって地球侵攻を行ったことで、彼はディアナに、地球帰還作戦の失敗に対する償いの機会を与え、地球人とムーンレイスとの間に和平をもたらすという、彼女の願いをも叶えさせたのですから。
 おそらくディアナは、死ぬまでギンガナムを愛することはなかったでしょうが、忌み嫌った男によって自らの名誉が救われたという不名誉な事実を、死ぬまで忘れることはなかったでしょう。

 ディアナ自身は気づかないか、気づいても認めるのを不快に思ったでしょうが、もうひとつ、ギンガナムは彼女のためになることをしました。それも女王としての彼女にではなく、彼女個人のために。
 前稿で名前だけ出させていただいた塩野七生氏の著書である「ローマ人の物語」の、ユリウス・カエサルを述べた巻では、共和政ローマを事実上の帝政へと移行させたカエサルが、新秩序の建設のためにではなく、純粋な“破壊のための破壊”を行った唯一の例が挙げられています。それはローマの都市を囲っていた城壁の破壊でした。
 カエサルは新しい時代のローマを、“ローマ市と、その支配下にある領土”という観点からではなく、広大な領土を有するローマ世界がすべて“ローマ”なのだ、という観点で捉え直した人物ですが、そのためにローマ市と外界を隔てる境界などは、彼の考えでは必要なかったのです。
 属州出身者であろうが異民族であろうが、元老院議員に迎えただけでなく、ローマ有数の名門であった自らの家門名まで惜しげもなく与えた彼にとって、彼以降のローマは人に対しても、物に対しても、思想に対しても、開かれたローマでなければならなかったわけです。そしてこのカエサルの思想は、彼につづく皇帝たちにも受け継がれていき、統治の基本思想となりました。城壁がふたたび築かれたのは3世紀のアウレリアヌス帝の時代ですが、この頃には開かれた思想を失い、ローマは内向きの社会となっており、また、坂道を転がるように帝国が衰退していくのも、この時代と機を一にしています。
 カエサルが行ったような象徴的行為としての破壊が、ひとつの時代を迎えるに当たっての契機となることも、歴史上ではたびたびあることですが、ディアナの王権の象徴であるミスルトゥ(彼女の祖先がそのコロニーで食料の培養実験を行ったことが、ソレル家の月での支配権確立の根拠となっています)をギンガナムが破壊したことは、イコールそのことで彼女の女王としての権威が消滅したことを意味します。
 さらにこれは、月における“ディアナ時代”の終焉をも意味する行為だったでしょう。月世界はディアナというひとりの君主が、数百年に渡って統治していたことで社会的な安定を保ち、しかし、同時に停滞をつづけてもいました。帰還作戦発動によって時代の変化が生じたものの、ディアナの存在がある限りは、完全な変化とはいいがたかったはずです。繰り返しますが、月社会の停滞の原因はディアナの統治にあるのです(このことは彼女の人格が月という社会に、少なからず影響を与えていることの証左かもしれません。統治とはそれがどんなものであれ、統治者の人格が反映されないではすまないものですから)。彼女が女王であることをやめ、消えることでしか、時代の変革はあり得ませんでした。
 さらにもうひとつ、これが王権を愚弄する行為だということがあります。しかも注目すべきは、それによってギンガナムに利するものは、なにもないということでしょう。
 アグリッパの国権壟断も女王の権威を愚弄するものではあるのですが、そこにはアグリッパの野心…月の支配権を掌中にしようとの意思があります。が、ギンガナムのこれは女王に対する侮辱のみを目的とした行為であって、要はこれも破壊のための破壊でした。もっとも、その後の彼を見ていけばわかることですが、ギンガナムの行動はすべからく、ディアナへの侮辱を目的としたものではあるのですが。
 彼が果たして、自分のやっていることの意味を自覚していたのかはわかりません。が、ギンガナムはこのミスルトゥ破壊によって、ディアナに精神的な痛手を与えると同時に、彼女の潜在的な願望を叶えてやってもいます。
 ディアナの潜在的願望とは、いうまでもなく女王の責務からの開放ということですが、王権を侮辱することでディアナを女王の座からひきずり下ろし、彼女がまとっていた神話的イメージ(前々稿での「金枝篇」のアナロジー的にいえばミスルトゥ=ヤドリギは、女神“森のディアナ”の神権を表すものです)を剥ぎとって、“ひとりの女”として丸裸にすることが、(戦いや破壊を楽しみたい、というのとは別に)ギンガナムのこのときの行動の動機だったのでしょう。上でも述べたように彼にはなんら利するものがないにも関わらず、やけにミスルトゥの破壊にこだわる辺りに、そうした感情の動きが窺えるようです。
 この、ディアナを心理的に揺さぶることと、彼女の秘めた願望を叶えてやることとの間で、ギンガナム自身も感情を揺れさせている様子は、作中の彼の行動にも示されているように思います。
 ミスルトゥ破壊によって、その破片の一部が月のフォン・シティに落下しようというとき、彼はキエルにそのことを報告します。この時点では彼は、ハリーが連れてきた女が本当にディアナなのか、半信半疑だったのでしょうから、そのことを確かめるとともに、彼女に揺さぶりをかけることが狙いだったのでしょう。狙い通りに揺さぶりは効き、彼女が女王でないことも彼は確信しました。
 女王を愚弄することが目的なら、ミスルトゥの破片をフォン・シティに落下するままにさせておいたほうが、彼女の心理的ダメージはより大きかったでしょうし、実際、ギンガナムは一度はキエルに、落下阻止が不可能であると告げています。その言葉を翻してXトップを出撃させたのは、このときの彼がディアナを傷つけ苦しめることよりも、ミスルトゥの完全破壊=ディアナをひとりの女として開放する、ということのほうを優先したためではないかと思われます。
 ところがここで彼の思惑とは異なった事態が起こります。月面砲カイラス・ギリで破片を破壊しようとしたとき、彼の前に∀を駆ったロランが現れ、二発の核ミサイルを使うことを宣言しました。
 ギンガナムもロランも認識していなかったでしょうが、王権の象徴たるミスルトゥの最後の一欠けらをふたりのうちのどちらが破壊するか? というこの状況は、心理的な意味合いにおいては、女王のくびきからディアナをどちらが開放するか? という命題を突きつけられた状況でした。もちろん、ギンガナムは自分がその役をやりたかったのですが、しかし、土壇場でロランに奪われたことになります。
 古代において地球文明を滅亡させた∀の存在を前にしたとき…しかもその∀が核を装備していると知ったならなおのこと、この時点でターンXを持たなかったギンガナムは、引くしかなかったのでしょう。必ずしもほかに選択の余地がなかったから、というよりは、彼の闘争を好む心理的傾向から、対等の立場であらためてロランと“ディアナ獲得レース”を競いたい、との気持ちが生じたのだとしても不思議はありません。実際、この一件でロランに一歩を譲ったかたちとなったギンガナムは、その後の行動においてディアナへの侮辱とロランとの勝負、という二事にひたすら固執しているように見えます。
 もっというなら、この後の彼を突き動かしていたものは、壮烈な自己破壊衝動だったとしか、僕には思えません。もとよりディアナに愛されず、武人としての誇りを傷つけられた彼には、生きていく理由などなかったのでしょうが、地球への侵攻も、アグリッパからグエンへと共謀する相手を乗り換えたことも、なにかしらの成算あってのことのようには見えず、最初から彼にはディアナによって、自分が滅ぼされることが見えていたように感じられます。むろん、先に述べたように、それこそが彼の望みだったのでしょう。
 しかし、戦いをしか知らない男であるがゆえに、自己存在証明の方法にも、自分自身を含めたあらゆるものへの破壊をもってするしかなかった彼の、その自我の在り方には、愚かしいと感じると同時に、どうにもある種の悲しさを覚えてしまいます。
 見方によってはギム・ギンガナムくらい、女王ではなく女としてのディアナに忠実だった男は、いないといえるのかもしれません。





↑忠実ではあったものの、破壊しかできなかったからディアナに嫌われた…という辺りによけいに悲しさを感じるのは、僕が男だからかなあ、と思う管理人に拍手でもひとつ。





∀ガンダム | comments(0) | trackbacks(0)

スポンサーサイト

2011.03.22 Tuesday 00:20
- | - | -

コメント

コメントする










この記事のトラックバックURL

http://memento01.jugem.jp/trackback/156

トラックバック