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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・9 〜オーシャン・カラー・シーン〜

2007.07.15 Sunday 10:37
 また、我ながらずいぶんひさしぶりの音楽語りだよなあ。なんつーかこう、いかにも思い出したように記事書いてると、
「つづき書くの忘れてただろ?」
 と、読者の皆様方からつっこまれそうですけど…いえいえ、ソンナコトハナイデスヨ?
 ま、とりあえずそのひさびさの音楽の話題一発目は、UKモッズの正統的継承者にして、先月ニューアルバムも発売した、オーシャン・カラー・シーンです。

 ぶっちゃけ今はもう、“モッズ”ってのは相当時代遅れなんだろうなあ。ファッション的なモッズ・スタイルは、十年くらい前にはまだなんとかかんとか生き残ってたような記憶あるんですけど、今じゃファッション音痴の典型と化して、その手の雑誌なんか覗いて見ようともしない僕でも、街行く人々の服装見てて、
「ああ、もう俺はすっかり時代遅れなんだな」
 と実感します。俺もいいかげんもみ上げ切るべきか?
 そもそもモッズってなんだよ? っての自体が問題ですけど、十代の頃に“モッド・ファーザー”ポール・ウェラー御大と出会って、モッズ道に目覚めた気になってる僕ですら、
「うーん、アレだ、つまりなんていうか…よくわかんね」
 としか答えようがありません。ファッションなのか音楽の趣味なのか、アティテュード的なもんなのか、それら全部ひっくるめての“スタイル”なのか…ま、なんか共通してるのは、とりあえずイタリアを意識したファッション・センス、とりあえずソウルやR&Bといったブラックを意識した音楽センス、とりあえず汗臭いのは嫌い、クール志向のライフ・スタイル、ってところでしょうか。たぶんに主観に頼った定義だな。間違いのほどはご容赦を。
 しかし、ブラックな音楽ったって今の時代だと、もっぱらヒップホップとかあの辺だろうし、頑固で保守的なモッズ連中には、ああいうのはほぼチンプンカンプンでしょう。だからって今どきカーティス・メイフィールドだのオーティス・レディングだのってのは、さすがにオールドファッションすぎだし。日本でいったら今の時代にGS聴いてるようなもんか? ちょっと違うか。
 で、とりあえずオーシャン・カラー・シーン(以下OCS)なんですが。
 彼らのデビュー当時の不遇はよく知られてます。まあ、マンチェ・ブーム以降っていう時代的な巡り合わせも、レーベルとかプロデューサーとかとの巡り合わせも悪かったんでしょう。聞いた話では、ファースト・アルバムがバンドの意向とかけ離れた、ぶっちゃけプロデューサーによって手を加えられまくった、リミックス盤になってしまったのは、メンバー連中がレコーディングそっちのけで飲みまくってたからなんだそうで…んじゃ、本人たちのせいじゃん。今のスティーヴ・クラドックのイメージからは今いち想像できんなあ…若い頃はみんな、舞い上がって無茶やらかすもんか?
 その後せっかくのデビュー・アルバムは酷評され、セカンドのレコーディングも難航、レーベルとのトラブルで契約解除の訴訟を起こしても、長い裁判沙汰の挙句に、違約金のため借金背負う破目になったり、そのせいでマネージャーやってるスティーヴの親父さんが自宅を抵当に入れたりと、まったくもって不運を絵に描いたような道をたどりました。これでウェラー御大の目に止まって、スティーヴたちがバック・ミュージシャンに起用されなかったらどうなってたか。
 幸い、あのオアシスの馬鹿兄弟の一人、ノエル・ギャラガーも彼らの楽曲に目をつけ、大いに気に入ったらしく、サポートしてくれたおかげで徐々に運は上向いてきたわけですが。いいとこあるじゃん、ノエル。
 んで、そうやってウェラーや彼の弟分的なノエルの助けを得たことがきっかけになったのか、ファーストの「ブルー・ディープ・オーシャン」(通称“黒歴史アルバム”。命名、俺)では、いかにも時代を反映した…というか、すでにちょっと時代を外してしまった感ある(アルバム・リリースは92年)マンチェ・ビート感あふれるサウンドだった彼らの楽曲が、四年後に発表された超傑作セカンド・アルバム「モーズリー・ショールズ」では渋いっつーか、ほとんど古臭い(いい意味で)といってもくらいのクールなモッド・サウンドへと変貌を遂げてました。この、1枚目から2枚目への変化が、“華麗な転身”とかそういうんじゃなく、
「この四年でいろいろ苦労したんだねえ…」
 的感慨を催させるところが、なんともかんとも。てか、ぶっちゃけ彼らが復活するって予想していた人、当時はあんましいなかったんでは?
 僕的にOCSのよさを語るなら、やっぱりなんといってもそのゴリゴリとした、時代や流行に押し流されない頑固で非妥協的な、と同時にメロディアスで哀愁漂う”漢気サウンド“にあるんじゃないかな、と。スティーヴ・クラドックの骨太なギターとデーモン・ミンチェラの重めのベースとが、そんなサウンドにしっかりとした骨格と深い奥行きや味わいを与え、こういういい方はなんですが
「ガキンチョはすっこんでろ!」
 的印象をもたらします。今年リリースの「オン・ザ・レイライン」からはデーモンが抜けて心配だったんですけど、代わりに入った新メンバーのダニー・シーリーも、なかなか健闘してるように思えました。

 あくまで個人的意見なんですが、90年代のネオ・ネオ・モッズ復興のムードも、それが一過性のムードで終わらなかったのは、彼らのような、よき“伝統の継承者”がいたからこそなんじゃないでしょうか。
 OCSのアルバムを聴くとき、僕はビートルズやキンクスからの英国ロックの伝統というやつが、よくも悪くも21世紀の現在に至るまで、途切れることなく脈々と受け継がれていることを感じます。それは今の世界的な音楽シーンの流れに、ともすると切り離されがちだ、ってことでもありますけど、しかしジャパニーズ・ポップ固有の伝統なんつーもんが、薬にしたくともないような、日本のコマーシャル・ベースの音楽的現状からすれば、むしろ羨ましいくらいのもんで。こういう渋いバンドが、同時に一定の人気を保って存在できている、って点でも彼らみたいな存在は、大いに期待をかけられて然るべきでしょう。

 上で僕は彼らの音楽を、頑固で非妥協的っていいましたが、僕はモッズの条件には、その“頑固さ”ってのもあるんじゃないかと思ってるんですが。易々とは譲りたくない、自分なりのこだわりとか、思い入れとか、そういうものを持っているってのが、モッズの精神の核なんじゃないかと。
 そういや長い不遇を経て、95年にようやっと複数のレーベルから契約申し込みを受けたOCSは、最終的にはMCAを選んだ(現在は自分たちのレーベル、モーズリー・ショールズで活動中)わけですけど、その理由ってのが、
「MCAが唯一、“オーシャン・カラー・シーン”のバンド名変更を求めなかったレーベルだから」
 だそうで。
 そういうのを聞くと馬鹿だなあ、と思うと同時に、なぜか嬉しいような気持ちになってニヤニヤしてしまいます。ああ、いかにもモッズだな、と。


 追記
 訂正を。デーモンが脱退したのは2005年発表の 「ア・ハイパーアクティヴ・ワークアウト・フォー・ザ・フライング・スクワッド 」(なげーよ)からでした。なに勘違いしてたんだ俺…。





↑でもデーモン好きだったんだけどなあ…見た目がオタクっぽくて、と思う管理人によかったら拍手でも。





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| モッズ | 2007/07/22 10:13 PM |