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「∀ガンダム」における君主論・その9

2007.06.28 Thursday 17:30
 だんだんとペースが遅くなっているような気もしますが、ストーリーの進行につれて考察対象が複雑化していっていることに、正直僕も困っています。
 書きたいことはどんどん増えていくのに、僕の文章力が拙いために、それらをまとめるのに苦労しているというのが実情ですが…とりあえず今回は、第29話「ソレイユのふたり」から第31話「追撃! 泣き虫ポゥ」までを論考いたします。

 フィルの造反劇の渦中において、ハリーのとっさの機転が、キエル・ハイムの“ディアナ・ソレル”としてのソレイユからの脱出を成功させます。いささか軍事的思考に偏りすぎのフィルは、このことの政治的意味を当初はまるで理解しておらず、本物のディアナは掌中にあるのだからと、みすみすキエルの脱出を許してしまいます。
 が、その直後にディアナに、象徴的君主としての“ディアナ”の実体が本物であろうが偽者であろうが、実はさしたる問題ではないということを指摘されて(ディアナ自身はそういったニュアンスではいってませんが)、フィルは逃したキエルを捕獲させるために、結局ポゥを出撃させる破目になります。
 この、君主ディアナが二人に“分裂”してしまった事態は、フィルにとってははなはだ具合の悪い状況をもたらします。手元にある“ディアナ”を処刑してディアナ・カウンターを掌握したところで、ソレイユから逃れ、マニューピチへ向かおうとしている“ディアナ”が本当のディアナであるなら、彼は単なる一市井の女を殺したに過ぎず、政権掌握の根拠を失います。かといって、あるいは本物であるかもしれない掌中の“ディアナ”をこのまま監禁していれば、簒奪は不完全なものとならざるを得ず、反逆罪に問われるのは彼のほうということになります。
 つまるところは、二人のディアナの両方を捕らえなければならないわけで、しかも二人とも処刑するまでは片方をみだりに処分することもできず、フィルが自らの政権を確立するにも、いつ爆発するかもわからない爆弾を抱えたような状態になるわけです。彼が核ミサイルの探索をいったん中断し、キエル捜索を優先したのも当然でしょう。
 反逆を速やかに完遂させられず、その反逆の対象たる君主を処刑、ないしは失脚させられないままに簒奪を成立させたところで、支持基盤たる民意を得るには、相当に無理があります。
 もう一つ重要なポイントは、フィル政権はディアナの対地球(フィルの言葉を借りるならば)軟弱外交へのカウンターとして、その存在理由があるのですが、この時点ではすでに少なくない者たちが、戦争の継続に疑念を見出している、ということでしょう。軍人的視野狭窄に陥っているフィルは、軍事的な勝ち負けの観点から、どうしても抜けきれないようです。
 もっとも、このようにディアナ・カウンターが内部分裂を起こしている状態は、グエンなどにとってはまことに好都合でしょう。ノックス崩壊以降、地球側に代表者がいないために交渉が停まっていたのに、いつのまにやら月側が内紛を起こして、やはり交渉どころではなくなっているわけで、となればグエンが、地球でフィルがなにをしようが放っておいて、月のアグリッパと直談判しようと考えたとしても、自然の成り行きといえます。
 フィルはどうやら地球に自分の王国をつくることで頭がいっぱいで、逆にグエンが月に侵攻をしかける可能性などには考えが及ばないようです。ウィルゲムにはムーンレイスの技術者たちも多数乗っていますから、逆侵攻が実際に可能だとは思えませんが、グエンにすれば、侵攻するぞ、と脅しをかけられればじゅうぶんなのでしょう。
 ディアナが権威を保持したままの簒奪や、民衆の支持の獲得の不十分という、不安材料を抱える“フィル王国”と、月本国の安全とを秤にかけた場合、フィルは結局のところ、せっかく手に入れた王国を手放す以外の選択肢は得られないように思います。あるいはさっさと側近の誰かが彼を裏切って、囚われのディアナを担ぎ出すなどして政権の転覆をはかるかもしれません。その後ディアナ・カウンターが失われた軍の統制を再構築するに要する時間はどれくらいでしょうか? 三ヶ月? 半年? あるいはもっとかもしれませんが、なんであれ、グエンがそこにつけ込まないわけがありません。
 それに、“交渉のため”という建前を唱えて月へいこうとするグエンの心の奥底に、その機会と可能性さえあれば、本当に月侵攻を実現してしまおうとする野心が潜んでいたとしても、僕なら驚きません。今すぐではなくとも、月の進んだ技術力を我が物とした上で産業革命を起こし、月との戦争にじゅうぶんな勝算を見込める段階になったら、彼だったら、おそらくはやるでしょう。
 これまでグエンの身近にいて、彼の職務を補佐してきたキエル・ハイムも、どうやらその危険性を無視できなかったようです。だから彼女はソレイユ脱出の後、ハリーを伴いまっすぐウィルゲムへ向かったのでしょう。黒歴史の一部であるホワイト・ドールやウィルゲムの存在が、グエンの野心に火をつけたのを近くで見た彼女が、月にいくことで生じるだろう彼の内面の変化に、思い至らなかったはずがありません。
 実際のところザックトレーガー経由で月へ上がり、アグリッパと面談する、という思惑の面だけいうなら、ディアナとグエンは一致しているのですが、どちらがアグリッパの前に立つかで、その後の事態に大きな変化も起こり得るわけです。すでに地球に無用な戦乱を引き起こしてしまったディアナが、この上月にまでその戦火を拡大させることは、なんとしても避けなければと考えるのは、君主として当たり前です。
 もっとも、ここで僕のいたって個人的な意見を述べさせてもらうなら、ムーンレイスが地球に降りてきたことが彼らの種族的願望であり、歴史的必然であったのなら、地球人がそれを機会に宇宙へ上がろうとするのも、機械化文明の発展段階における必然であって、それをディアナ=キエルが止めることは、実のところ不可能ではないか、という気がします。
 むろん、彼女は全面戦争回避を考えているのですが、しかし、たとえば地球と月、二つの文明の発展と衰退のベクトルが、戦争というかたちで交差してしまった地球帰還作戦の失敗の例などは、それ自体は、僕には一つの回避不可能なアクシデントであって、必ずしもディアナが(公人としてはともかく)個人的に責任や罪悪感を覚えなければならないことではないようにも思えます。
 グエンなどはその辺り、非常に割り切っていて、そして僕にはこの場合グエンのスタンスのほうが健全にすら思えてしまいます。その二人のスタンスの違いとは、やはり天皇型君主と大統領型君主の違い、そして女性と男性の違い、というところに帰結できるのかもしれません。
 15〜17世紀の大航海時代におけるヨーロッパの植民地獲得の例などのように、人類が新天地を目指し、時代の前進を求めた行為の結果として、戦争や侵略といった事象が発生するのは、そういいきってしまうには躊躇いがありますが、歴史の必然と捉えられなくもありません。必然に倫理的な善悪を問うことは本来できないわけで、だからグエンが時代のベクトルに促されるままに宇宙を目指し、さらにその先の侵略行為を考えていたとしても、歴史全体を見据える視野からすれば、必ずしも責められるべき行為とはいえないでしょう。
 グエンがいみじくも、
「時代を動かす第一歩とは、常に無謀なものですよ」
 と、いっていたように、そうした行為が人類の歴史を大きく加速させるのだと考えたとき、一時的に数千万、数億規模の人命が失われたとして、いかほどの損失と呼べるでしょうか?(ここではグエンの個人的野心については置いておきます。というより、彼は常に公益と私益とをあえて分けないスタンスをとってきましたし、歴史的に評価される行為というものが、私欲を含まない純粋な動機によって為されなければならない理由は、基本的にはありません)
 歴史上、英雄や偉人と呼ばれる人物の多くが、しばしば多大な人命の消費者でもあったという事実に、僕らがどのような判断を下すべきかは、それこそ人それぞれです。人命の損失に判断の焦点を据えるか、それともその人物の功績のほうに注目するか…ディアナはどうやら前者のようですが、その判断が、あるいは歴史の流れに逆行しているかもしれないことは、留意しておかなくてはならないでしょう。
 一方では地球帰還作戦によって月世界の歴史を、彼女自身が(時代を読む感覚に欠けていた頑迷な保守主義者のアグリッパの反対を押して)加速させたことを思えば、その行動にも矛盾が見られます。その辺りはやはり、理性や論理的思考によらずに、どちらかといえば生理や情緒的思考でもって、判断や行動の指針を定める、女性君主らしい部分だともいえます。それ以前に、具体的に月に危機が迫っているというとき、彼女のとれる選択など限られていた、ということもあるでしょう。
 とにかく、君主として善悪の彼岸に立つ、という発想がディアナから生まれないのは、そこに彼女の限界を見ることもできると思います。が、おそらく彼女はそれでいいのでしょう。天皇型君主の担う役目が民意を代弁することであるなら、さほど厳格なリアリズムは必要ないのかもしれません。いずれにしろ、ディアナの理想主義とグエンのリアリズムと、どちらが正しくどちらが間違っているか、あるいはどちらに優劣をつけるべきか、といった問題ではないのですから。
 ただ、君主タイプの相違にしたがって、この二人の歴史に対するスタンスもやはり違っていた、と、ただそれだけのことなのでしょう。

 ソレイユ内において、フィルにとっての扱いがたい“爆弾”となったディアナは、キエルとの(無意識的な)二人三脚的働きによって、不自由ながらも事態の主導権を握るかたちとなります。キエルが月本国へ向かいつつ、グエンへ牽制をかける一方で、監禁されているディアナは“女王かもしれない女”として、ただ存在するだけでフィルにプレッシャーを与えつづけることができるからです。
 これにフィルが頭を抱えただろうことは当然ですが、状況が不安定で予断を許さないだけに、ミランも判断を迷わせたでしょう。彼には以前からアグリッパからの接触があったようですが、ここにきて彼はそれを利用する手に出ます。それは監禁状態のディアナを、ソレイユのブリッジ・シップの飛行テストに偽装させて外に出し、アグリッパの息のかかったミドガルドに手渡す、というものでした。
 これはアグリッパに協力することで、状況が彼に傾いた場合に備え、立場を強化しておくことでもあり、フィルに対しては“爆弾”であるディアナを放逐することで、頭痛の種をとり除き、政治的にも利用できる(実際フィルは第31話で、親衛隊によってディアナが地球人に売り渡されたことにして、対地球攻撃の口実にしています)策を授けることでもあります。もちろん、万が一ディアナが復位ということにでもなれば、彼女の脱出の手引きをしたということで、ミランには最低限の面目は立つわけです。
 つまり、状況がどう転ぼうが一応の対処はできるよう手を打ったわけですが、これはすでに政治家の政治的行動というより、政治屋の小細工と呼べる類のものでしょう。その行いはミラン一個人の保身に帰結するものでしかなく、大義など探そうにも見出し得ないのですから。
 執政官であるミランが、こうした玉虫色の工作を行っていることそれ自体が、ディアナ・カウンターの秩序の低下を示していますが、こうした政治の暴走状態を見るに、ディアナが、実権を持たないながらも、ただのお飾り的君主ではなかったことをあらためて感じます。
 統治が民意を無視して成立し得ないという、以前にも述べた原則に倣っていうなら、ディアナは民意という権力(正確には権威と呼ぶべきですが)をもって、政治と軍事の自発的コントロールを促していた存在といえるでしょう。だから、彼女の権威が機能しなくなれば、政治的にも軍事的にも暴走が起こってしまうのは当然の結果です。
 もっとも、一方では親衛隊隊長のハリーを従えたキエルが、“女王ディアナ”としてスタンドアローンに活動してもいるわけで、これを、いまだ女王の権威が健在であると見ることもむろんできますし、また、権威さえ保持できるのであれば、女王の実体が本物のディアナか、またはただの鉱山主の娘かなどは、実のところたいした問題ではないと見ることもできます。権威の体現者であることが重要なのであって、民衆は本音では人間としての君主になど、さほど興味を持たないものです。
 ハリーにしてもこれは同じでしょう。彼のディアナへのセクシュアルな執着がなんに起因するかは、作品を見た限りでは僕にはよくわかりません。ただ、まるで中世の騎士のようなロマンティシズムと、ドライなリアリズムとを併せ持つ彼ならば、性的憧憬の対象の、厳密な意味での実存性を問うなど、無益な行為だと理解しているでしょう。
 そもそも女王ディアナとは、一種の統治上のフィクションであって、そうであるなら、
「オリジナルかコピーか?」
 ということに、必要以上にこだわる意味もありません。オリジナルとコピーとの間に、差異がほとんど認められないのであればなおさらです。
 後にギム・ギンガナムがディアナを、“アイドル”と呼んでいますが、いたって現実的な感覚でアイドルのファンをやっている人というのは、アイドルの実像になど、本気で関心を持たないものです。自分の憧憬の対象が生身の人間ではなく、文字通り“偶像”であることを知っていますから。

 その、“偶像に実を求めることの無意味”に関しては、第30話でのレッド隊のウィルゲム襲撃のエピソードで鮮やかに示されていました。
 マニューピチに向かって海上を渡るウィルゲム内にはハリーと別れて客人(というより、グエンにとっては実質的に人質でしょうが)となったキエルがいるのですが、ウィルゲムが核ミサイルを回収したと考え、その奪取を目論んだレッド隊のキャンサーとムロンを止めたのが、ディアナに成り代わった彼女でした。
 注目すべきポイントは、このとき、少なくない人々が彼女の実像をすでに察していた、ということです。ロランはもちろんですがグエンも、
「誰もいないからこそ、キエルさんとお呼びします」
 と彼女にいっていますし、リリなどはもっとあっさりと、
「どちらでもよろしいじゃないですか?」
 と、実際的なことをいっています。“ディアナ”としての政治的利用価値が健在である以上、ウィルゲムの人間たちがキエルを女王として扱うのは、たぶんに納得がいきます。政治的に利用価値がある、ということは、キエルにディアナとしての権威が保持されている、ということでもあります。
 しかし、レッド隊の面々にとっては、ディアナ・ソレルは利用できる駒などでは、まったくありません。彼らの民族アイデンティティを守ってくれている象徴がディアナであって、その存在を失うことは、彼らの存在意義を失うことと同義です。そのため本来、
「ウィルゲムにグエンと同乗している女が、果たして本当にディアナなのか?」
 というのは、リリのようにどちらでもいい、と捨て置くわけにはいかない問題となります。地球社会からも、ディアナ・カウンターからも孤立している彼らにとって、唯一の民族性と国家の拠りどころが、ディアナなのですから。
 この襲撃でグエンは彼の立場としてなら当然ですが、キエルを人質に使い、キエルもその方策には一部協力します。一部、というのは、彼女を人質にとってレッド隊の攻撃をかわしたグエンが、さらに彼らに投降を求めたことに対しては、彼女は敢然と協力を拒むからです。
 思えば、ここでキエルがレッド隊を逃すことにも、彼らに対して慈悲を与えることにも、特別そうしなければならない理由などはないように思えます。後々のトラブル回避を考えたら、そのまま投降させたほうが賢明だったかもしれません。
 が、そこで彼女が小手先の方策に乗らずに、女王としての権威と慈悲を示したのは、それが、“女王ディアナならばそうする”という行為だったからでしょう。そしてそのために、キャンサーは彼女を“本物”と認識し、その場を退いて戦闘は回避されました。
 この後31話で、今度はオリジナルのディアナが、キャンサーたちに接したとき、その態度はキエルのそれとほぼ変わりませんでした。このことからもこの二人が、同一のパーソナリティを共有する、二人で一人の存在になっていることがわかります。だからすでに、キエルがディアナを“演じている”というレベルではないのでしょう。
 天皇型君主の役目は、民族アイデンティティに実体を与えることだと、以前の稿で僕は述べました。30話でのキエルの言動と31話でのディアナの言動を受けたことは、どちらもキャンサーたちにとって、彼らが先祖の代から求めてきた、ムーンレイスのアイデンティティの、非常に強い確認作業となったでしょう。
 彼らをムーンレイスと認め、国民たる彼らを擁護するキエルに、キャンサーたちは自らが帰属する国家の君主像を見、ディアナに接見したときにも、彼らの先祖について言及した彼女に同様の像を見たはずです。彼らは単に二人を混同し、そのことに気づいていないだけなのですが、だからといって彼らがディアナを見誤っている、ということにはならないでしょう。実際問題この時点でのディアナ/キエルの違いとは、単に名前の違い程度のものでしかないのですから。
 面白いのは、その違いということにこだわっているのが、むしろフィルやアグリッパ、ミドガルドといった、ディアナを利用しようとする者たちである点です。
 アグリッパが、暗殺から月への強制召還にディアナの利用方針を転じたのは、ディアナ・カウンターの造反が、月本国にまで及ぶ危険を避けるため…ミドガルドの言葉によれば、彼女を保険とするためでした。そのミドガルドは、引き渡されたディアナを本人と信じて疑っていませんでしたが、その割に、かつてキエルを名乗っていた頃の彼女を引き合いに出して、
「較べようもございません」
 などと、見事に見誤ったことをいっています。
 彼らがオリジナル/コピーの違いに執着するあまり、フィルのように、ディアナ/キエルの二人三脚に翻弄される一方、純粋に彼女に忠誠を尽くすキャンサーやハリーが、その点にさしたるこだわりを持たないため、かえってディアナを有効にサポートできる、というのは、なんとも皮肉な話です。
 しかしこれは別のいい方をするなら、ディアナの存在意義は、もっぱら象徴的君主として、偶像としてのそれであって、個人として、人間としての彼女に存在意義を見出すのは、きわめて難しいということにもなりそうです。
 だとすれば、ディアナが数百年間に渡って抱えてきただろう孤独には、ちょっと想像を絶するものがあります。彼女が地球に降りた動機も、そもそもは偶像としてのディアナをやめ、一人の人間となるためでした。
 31話で海上の船から遠ざかるアメリアの陸地を見、キエルとして過ごした日々を思い浮かべながら、
「あの日々は孤独ではなかった…」
 と呟くディアナが描かれます。
 ひょっとして、彼女が真に孤独でなかった時期というのは、女王の立場を降りて一私人となった、このわずかな期間だけだったのでしょうか? そう考えると、なにかやりきれない思いがしてしまいます。





↑ペースが遅くなるだけじゃなしに、文字数もやたら増えてきていることで、読者には申しわけない気持ちになってる管理人に、よろしければ拍手を。





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『∀』好きなら、ぜひマンガ版も読んでください。マジ感動します。
| 倖と伶のいくじにっき | 2007/06/30 1:00 AM |