Speak Like a Child

世の風潮も時代の流れも無視して、ただ思うままくっちゃべる徒然ブログ。

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2011.03.22 Tuesday

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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・11 〜ザ・ブルー・ナイル〜

2009.01.04 Sunday 11:53
 以前に紹介すると予告しておきながら、ずっと放置していたザ・ブルー・ナイルです。
 しかし、このバンドが彼らの熱心なファンの期待をずっと放置しっぱなしなのに較べたら、まだいくらかマシじゃないかなあ、とか思わなくもなかったりして。
 位置づけ的には、前にとり上げたことのあるプリファブ・スプラウトに似ています。ミュージシャンズ・ミュージシャンと呼ばれていることも、デビューからおよそ四半世紀で、総リリース・アルバム数がなんと4枚きりという、超寡作っぷりも。
 けれど、そのわずかな数の作品が、どれひとつとしていいかげんに聞き流すことのできない、静謐さと色褪せない輝きを孕む珠玉の名品揃いであることは間違いありません。

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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・10 〜ステレオフォニックス〜

2008.02.11 Monday 16:35
 …ええ、ライヴにはいけませんでしたよ。
 入院後のゴタゴタで、それどころじゃなかったんです。そりゃ、ステフォニの来日公演は2005年以来三年ぶりだってことで、僕もチケット入手して、その日がくるのを心待ちにしてましたよ。でも、現実はひたすら僕に対して厳しかったようです。せめて彼らについての記事でも書かないことにはやりきれません。
 ってことで、ひさびさの音楽語りは、日本では知名度今ひとつ、でも結成十年で、いまや英国を代表するメジャー・バンドとなった、ステレオフォニックスについてです。

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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・9 〜オーシャン・カラー・シーン〜

2007.07.15 Sunday 10:37
 また、我ながらずいぶんひさしぶりの音楽語りだよなあ。なんつーかこう、いかにも思い出したように記事書いてると、
「つづき書くの忘れてただろ?」
 と、読者の皆様方からつっこまれそうですけど…いえいえ、ソンナコトハナイデスヨ?
 ま、とりあえずそのひさびさの音楽の話題一発目は、UKモッズの正統的継承者にして、先月ニューアルバムも発売した、オーシャン・カラー・シーンです。

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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・8 〜ザ・ポリス〜

2007.02.15 Thursday 00:16
 祝! 再結成!
 ということでポリスです。っても、僕はポリスよりはソロになってからのスティングのほうが馴染み深い世代なんですけど。
 デビューが70年代後期ってこともあって、当初はパンク・ブームの尻馬に乗っかる感じで売り出された彼らは、80年代の、今いち起伏のない音楽状況の中にあって、確固としたカラーと存在感を持っていました。
 そういう、よくも悪くもはっきりとしたカラーのバンドというのは、得てしてヒットチャートとは縁がなかったりもするんですが、ポリスは平気でポピュラリティーも同時に持っていたところが際立ってます。これはやはりスティングという人の、バンドや自分の個性も打ち出しつつ、商業音楽であることを成立させてしまう、絶妙のバランス感覚、クールさ、それにもちろん音楽的才能に負うところが大きいんでしょう。

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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・7 〜プリファブ・スプラウト〜

2007.02.10 Saturday 12:41
 デビューして今年で25年。なのに発表したアルバム数はわずか7枚。今後紹介予定の、ザ・ブルー・ナイルと合わせて、ファンをじりじりさせる…を通り越して、
「あれ、いつのまにか新譜出てたよ。じゃ、買っとくか」
 と、天災並みに忘れた頃にその活動を思い出させてくれる寡作バンド。
 なにしろ最新アルバムの「ガンマン・アンド・アザー・ストーリーズ」リリースが2001年…って、もう6年も前かよ! いいかげん活動再開してくれてもいいんじゃないすかね、パディ・マクアルーン様。

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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・6 〜続々・音楽個人史〜

2007.02.05 Monday 00:15
 ポール・ウェラーの初のソロ・シングル、「イントゥ・トゥモロー」はFreedom Highという、インディー・レーベルからリリースされました。ザ・ジャム、ザ・スタイル・カウンシルと、二度までもトップに登りつめたグループをひきいたミュージシャンの再スタートとしては、信じられない話です。
 さらにその後のライヴも、以前では考えられなかった小さなホール、ライヴハウスでの活動ばかりとなり、スタカン時代末期、リリース予定だったハウス主体のアルバムがお蔵入りになるなど、すでにその兆候はあったにせよ、ウェラーはもう音楽シーンのメイン・ストリームからは外れ、完全にマイナーな存在になっていたようです。年齢的にも30歳を過ぎ、一介の新人ミュージシャンのように、もう一度キャリアを積み上げ直すには、明らかに大きなハンデを背負っていました。

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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・5 〜続・音楽個人史〜

2007.02.02 Friday 06:51
 ザ・スタイル・カウンシルは、それまで熱狂的なジャムのファンだった人からすれば、裏切り行為とさえいえるような、いかにも時流に乗った、売れ線を目指したような、お洒落でヒップなイメージで打ち出されたユニットでした。
 僕はスタカンに出会ってポール・ウェラーという人物を知り、さかのぼってジャムを知った人間だったから、
「そうじゃない。お洒落ってのは表面的なイメージだけだ。深い部分では全然違う」
 といい張ってましたけど、後から考えると“お洒落でヒップ”という世間の評価は、別段、そう遠いものでもなかったと思います。
 スタカンは初期の頃のもののほうが好きな僕ですけど、三枚目のアルバムの「ザ・コスト・オブ・ラヴィング」やその後の「コンフェッション・オブ・ア・ポップ・グループ」なんかは、当時流行ってたカフェ・バーなんかにそのままBGMとしてかかってたって、違和感なさそうな楽曲揃いでしたし。

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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・4 〜音楽個人史〜

2007.01.31 Wednesday 12:39
 今の僕はそんなでもないんですが、十代の頃は、そりゃもう実に嫌らしい、斜に構えた天邪鬼野郎でした。ほかの連中が右を向けば左に、左を向けば右に、という感じで、他人と同じことは俺はやらねえ! 俺は俺だ! 的に、ちゃんとした自我もできあがってないくせに、自意識だけはいっちょまえという、ま、今から思えばそれこそありきたりなガキだったわけです。
 それでもまだ多少可愛いところがあったとすれば、他人と違うことだからやってやろうという、動機はそんなんでも、実際にそれをやり始めたら、割りと本気で夢中になっちまうみたいな、アホっぽさがあったところでしょうか。たびたびこのブログを訪問してくださってる、そしてこちらもたびたびお邪魔させていただいている、「妄想界の住人は生きている。」のだんちさんからは「炎の男」なんて呼ばれてますけど、実際のところクールになろうとしてもなれない人間なんですね、僕は。

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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・3 〜調和(ハルモニ)とミニモニ。は無関係だと思う、たぶん〜

2007.01.29 Monday 21:42
 前稿(2007/01/23「映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・2」)では映像作品における音楽の演出的な使われ方を語ろうと思ったのに、そっちは投げっぱなしで普通に映画解説になってしまいました。ハハハ…。
 それであらためてその話題を…と思ったんですが、意外と「アマデウス」以外に思いつかないんですよね。いわゆる“映画音楽”として音楽が用いられるのではなくて、演出の一環として音楽が用いられてる例というのは。
 「のだめ」なんかは、これは実写ドラマのほうだったんですが、千秋と連弾の練習をしていたのだめが、いきなり転調して千秋切れる、というような場面があって、まあようするに彼女の落ち着きのなさというか、型にはめられて演奏するのが苦手なところとかが出てたんですが。

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映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・2 〜人間的な、あまりに人間的な〜

2007.01.23 Tuesday 14:43
 前稿(2007/01/21「映像作品における音楽の表現、または音楽そのものについて・1」)では、音楽をどのように映像で表現するか、ということについておもに述べました。
 で、今回は逆に、映像作品で音楽はどのような表現に用いられるか、ということについて少々。
 といっても、たとえば映画の中で、ある場面を盛り上げたりするためにサントラ音楽を流す、というような使い方についてはここでは触れません。それはまあ、わざわざ触れるまでもないことですから。

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